第87話「眠れ、子らよ」
「っ」
俺はすぐ違和感に気づいた。半田が振り向く。
「咲原くん、大丈夫ですか?」
「英断だと思うヨ」
「なっ」
夢先生はぴんぴんしていた。当然能力も解いていない。[傀儡王]が効かなかったとか、そういう話ではない。[傀儡王]を発動させられなかったのだ。
理由は単純。同調できていなかったから。
「ワタシの波長はこの空間のほぼ全体を滅茶苦茶に巡ってル。そんな中で佐倉と伏見の波長、五十嵐サンとローくんの波長を捉えた部下チャンはお見事。でも、それってつまり、それ以外のこの空間の波長がぜーんぶワタシのモノってコトなんだよネ」
夢先生は不敵に笑みながら、こちらに近づいてくる。
これはチャンスだ、と半田が目元をきりっとさせるが、それは駄目だ。
「半田は夢先生以外の同調に集中して」
「どうしてですか!?」
対象と近ければ近いほど、同調しやすい。けれど、夢先生の波長と同調能力はそういうレベルのものではない。
「さすが、超能力研究者の甥子クンは違うネ。部下チャンに説明してあげなヨ」
完全なる舐めプだが、挑発に乗ったところでどうしようもない差が夢先生と俺たちの間にはある。
努めて冷静に、夢先生の挙動に気をつけながら、俺は半田に告げる。
「夢先生は異空間を自分の波長で使役してる。だから、この異空間全体の波長が夢先生の波長になってるわけ」
「使役……ということは、強制力を?」
「そう。夢先生は異空間全体を自在に操るほどの強制力も持ち合わせてる。そこに同調なんてしてみろ、どうなるかわからない。夢先生の能力がまだよくわからないから」
「異空間系の転移能力とかではないんですか?」
俺はその疑問にすぐ頷けなかった。かといって、首を横に振ることもできない。
それは何故か。
「ワタシは転移能力も、持ってるヨ~」
そう、おそらく[殺刃鬼]に協力していたことから考えてもそれは間違いない。[瞬間移動]のような単純な転移能力ではないだろうが。
ただ、そう、この人が持っているのは転移能力だけではない。
「夢先生は夢先生の能力でさっきの過去夢を抽出したって言ってた。夢の抽出の能力もあるってことだ」
「つまり……二重能力者?」
お前が言うな、と半田に言いそうになった。うん、けどまあ、その通りだ。
すると夢先生から拍手が起こる。
「お見事~。ワタシの能力は[空の街]っていう異空間接続能力と[夢想の支配者]っていう人の夢を操る能力ダヨ」
「それ話してよかったんですか?」
「良いも悪いもないヨ。だって、説明したところでキミたちにはどうしようもないからネ♪」
その通りすぎてぐうの音も出ない。半田は理解が及ばないらしく、俺の顔を見ていた。
「お前の[偽りの恒温動物]で想像してみろ。[偽りの恒温動物]は同調した対象の体温を操作する。まあ、自分の体温操作もするけど。ただ、[自分の体温に同調させる]ために少しだけ強制力が必要だ。お前は確か体温を常に十九度とか……とりあえず人の致死体温より下にしているって言ってたろ? 夢先生の能力は同調能力はもちろんのこと、強制力も強い。つまり、[偽りの恒温動物]だったら一瞬で人を致死体温にできる」
瞬きも必要ない。同調した瞬間に終わりだ。
半田が苦い顔をした。
「超能力への対策って同調能力による回避だけですもんね……質が悪い」
「タチが悪いとは人聞きの悪い。ワタシの能力は時に人から必要とされるものダヨ」
例えば、悪夢続きで不眠の人物の夢を操作して、良い夢を見せ、快眠させる。例えば、死に際、安らかに眠れるように、叶えたかった夢を見せたり、先に逝った家族などに夢で会わせる。
確かに使いようではある。
「現在進行で悪用している方に言われましても」
それはそう。
「んー、そう? 案外[葬儀屋]クンからの評判はよかったんだけどナー」
[葬儀屋]という呼称に俺と半田は反応する。
それに……待て、[タウンオブカラー]って……まさか[空の街]?
「夢先生って、裏の人間なんですか……?」
「ソダヨー。ワタシは超能力者、ひいては排斥された[天使]たちの止まり木として存在する[空の街]という異空間の主なのサ」
なんかもう肩書きがRPGの裏ボスみたいだね!?
人外専門の殺し屋[葬儀屋]は[空の街]に住んでいるという噂がある、と知実さんは話していた。[空の街]が異空間系の能力である可能性も。それらと目の前の夢先生とを合わせると、残念ながら全て辻褄が合ってしまう。
「ま、[夢想の支配者]も異空間系の能力で、[空の街]とワタシが適合したから、ワタシが[空の街]の主をやっているんだけどネ。[空の街]はずっと昔から存在したヨ。ワタシはそれを受け継いだだけ」
「後天的な二重能力者?」
「そうそ! そういう意味では部下チャンと一緒カナ?」
「一緒にしないでください!」
半田がキレるのも当然だろう。夢先生の楽観的な反応を見ていると、半田のように無理矢理能力を埋め込まれたわけではないだろう。
でも、引っ掛かることがある。
「[夢想の支配者]って|異空間系なんですか?」
「ウン。夢っていうのは個人の中に内包する仮想の異空間だからネ。まあ、そもそも異空間っていうのが仮想のものなわけだから。その分、通常の同調能力より複雑な同調が必要ダヨ。だからワタシの波長は複雑化してる。心っていう異空間に入るためにネ」
こつ、と一つ足音がすると、いつの間にか夢先生は半田の目の前にいて、半田の胸元にそっと手を当てる。
「半田、避けろ!!」
「眠れ、子らよ」
夢先生と俺の能力が同時に発動した。




