第86話「それは絶対に違います!」
「それは絶対に違います!」
俺は夢先生に主張する。椅子から勢いよく立ち上がったので、がたっと大きな物音がした。
夢先生は驚いた風もなく、俺を見つめている。
「知実さんは、健一朗さんは、あなたのお姉さんを否定したかったんじゃない。超能力というものが存在しなければ、何の気兼ねもなく、三人で幸せになれたのにって、そうして能力の存在を疎んだだけだ!」
[天使]が存在しなければ、健一朗さんは変なレッテルを貼られることはなかった。そうしたら、家で肩身の狭い思いをすることも、いじめられて惨めな思いをすることもなかった。
[天使]じゃなければ、希さんは普通になった健一朗さんと普通の友達になれた。知実さんとも。あんな悲劇は起きなかったはずだ。
超能力なんて存在しなければよかったのに、というのは、能力に助けられている者からすれば、あり得ない感覚なのかもしれない。能力で自分を形作っている人にとっては自分の全部を否定されたようなものだ。
でも、普通の平凡な日常を望んだっていいじゃないか。絶対的に必要なわけではない。
そう話すと、夢先生は愛らしく首を傾げてみせた。
「キミの言うコトは間違ってはいないヨ。わからないわけでもナイし」
「なら」
「でも、絶対的に正しいわけでもないヨネ?」
口をつぐむ。
夢先生は淡々と続けた。
「咲原クンの言うコトがわからないわけじゃないヨ? でもネ、それは咲原クンの主観的、あるいは客観的な意見なだけであって、ワタシの気持ちではない。ワタシはワタシの主観の話をしてるノ。ワタシはワタシがどう思ったかの話をしてる。キミがどう思ったかなんて、関係ないんダヨ」
幻滅したとか、そういうことはない。なんとなくわかっていたことだ。
夢先生──新乃夢という人物は、あまりにも我が強い。[自分]というブレない芯を持っている。だから、他人の共感に興味はないし、他人に共感しようとしない。聞こえ悪く言うとそういう人なのだ。
「っていうカ、そもそもキミとは争うためにここに喚んだわけじゃナイし」
「へ?」
じゃあ、なんで、と訊こうとしたら、半田が俺と先生の間に転がってきた。
「は、半田? 大丈夫?」
「私は大丈夫です。でも、五十嵐さんが……」
え、と俺が振り向くと、五十嵐は右の掌を黒い刃に貫かれていた。その刃の元を辿るとそこには倉伊がいた。左腕が半ばから黒い刃に|変化している。
「[殺刃鬼]……!」
初めてその能力を目にしたが、大方の予想通り、変化系の超能力だったらしい。変化系の能力は体の一部を別なものに変化させるというもの。それが凶器だったなら、現場に証拠は残らないだろう。異空間系の協力者がいるなら一瞬で現場から立ち去れる。
それにしても、あの五十嵐を急襲とはいえ刺すなんて……
「始めていいんですよね、ニーノさん」
「いいも何も、始めちゃってるジャン、ローくん」
「咲原、半田を頼む!」
「じゃあネ♪」
夢先生がぱちん、と指を鳴らすと、五十嵐と倉伊は黒い空間の中に消えていってしまった。
「五十嵐っ!」
手を伸ばすも、届かない。五十嵐は険しい顔をしたまま、消えてしまった。
「安心してヨ。ワタシは殺さないし」
「そりゃそうでしょうけど、何なんです?」
「ローくんとは取引したのサ。ローくんの標的はあのお嬢サン一人だから、キミたちはもういいヨ」
倉伊……[殺刃鬼]の標的が五十嵐? 五十嵐は一般人だぞ? それに。
「あの人に死なれては寝覚めが悪いです」
そう言い放ったのは半田だった。
「へェ、それは友達ダカラ?」
「誰が友達なもんですか」
あ、不覚にも安心してしまった。いつもの半田だ。
「あなたがどう思っていようが関係ないのは私も同じですから、言わせてもらいますね。
あの女は忌々しいですけど、私の命の恩人です。健一朗さんも恩人です。人生捧げても足りないくらい、あの人には救われました。その過去にどんな出来事があって、どんな思いがあろうと、私が健一朗さんに救われたっていう事実は変わらないんですよ」
半田にとって、五十嵐は犬猿の間柄である。五十嵐にとってもそうだろう。それでも五十嵐は半田を救うためにできる限りのことをして、結果、半田を救った。
健一朗さんも、[WHAT]を設立した動機云々は別の話として、その活動の最中で、実の兄を自分の能力で殺してしまった半田を拾って高校にまで行かせてくれているのだ。これを恩義に感じない半田ではない。
「というわけで、このままはいそうですかってのこのこ帰る気はありません。勝負ですよ、異空間能力者さん」
瞬間、曖昧だった波長の中に、ぴん、と真っ直ぐな糸が張ったような感覚がした。夢先生も気づいたらしく、驚いたような顔をしたあと、楽しそうに笑った。
「へえ、上手く捕まえたネ」
「あなたは先程の映像を[自分の能力で抽出した二人の過去夢]だと言いました。夢を抽出する能力。聞いたことはありませんが、特能の法則に則れば、対象と同調状態でなければなりません。波長とは人の感情の揺れ動きです。夢の中で佐倉博士や健一朗さんの感情が昂る瞬間に一番強まった波長を捉える。同調系能力者をあまり舐めないでいただきたい」
そうか、半田の元々の能力は同調系の能力[偽りの恒温動物]だ。更に二つ目の能力として発現した[刻印者]の能力は同調能力に秀でていなければ本領を発揮できない。
夢先生の異空間系の能力で波長は滅茶苦茶と言っていたが、同調能力に秀で、対処法がわかれば、このように対応ができる、と。頭の回転もいいし、能力を使いこなしている。半田って実はすごかったんだな。
「咲原くん、滅茶苦茶失礼なこと考えてません?」
あ、やべ、同調能力で心読まれるの忘れてたよ。
「ナンデモナイデス」
「まあ些事なので今は流しましょう」
それ後で追及されるやつじゃん。
「[偽りの恒温動物]の同調バフと[刻印者]の能力の併用はまだ実践したことなかったのでぶっつけ本番です。咲原くん、私が何をしたいかわかります?」
俺は「?」となったが、少し記憶を辿る。
「あ、ちょっ、夢先生! 止まれ!」
うん、ちょっと情けない記憶なんだけど、わかった。
あのときは俺が対象に同調できなくて、いくら強制力を強めても[傀儡王]が発動することはなかった。
今は半田が対象を同調能力で繋いでくれている。その半田に同調すれば、俺の[傀儡王]が効果を発揮するというわけだ。
幸い、[傀儡王]は誰でも彼でも巻き込むばかりの能力ではない。[傀儡王]の発動は強制力による強引なものでも可能だが、ちゃんとした手順がある。
対象と目を合わせる。これは今回できないが、目を合わせる行為は同調能力を高めるという効果がある。ここは半田の能力でカバーできるだろう。
それから、対象の名前を呼ぶ。その後に命令する。名前を呼ぶことで対象を絞ることができるのが利点だ。
「さァて、そう簡単に問屋が卸すカナ?」
不敵に笑む夢先生。俺はこう返した。
「新乃夢、能力を解け!!」




