第85話「ダカラ、ワタシは復讐することにした」
知実さんと希さんは、手分けして健一朗さんを探すことにした。健一朗さんがいなくなってから、あまり時間は経っていない。近くにいるはずだ、と。
予測される健一朗さんの行動パターンはあまりよろしくない。精神状態がよくないのだ。万が一ということもある。
今回における万が一というのは健一朗さんが早まって自殺を選ぶということ。追い込まれた精神、劣悪な周囲の状況、自己肯定感の著しい低下。健一朗さんの脳裏に自死という文字がちらついても何ら不思議ではない状況だ。
幸いなことに、近くには[自殺の名所]と呼ばれる場所はない。が、別に自殺の名所でなくとも自殺はできる。
健一朗さんは着のみ着のまま出ていった。つまりケータイも財布も持っていない。ケータイはともかく、財布を持っていないとなると、自殺のためにロープを買ったりすることはできない。それでは着のみ着のままできる自殺とは何か。
飛び降り自殺である。
この近くには高い建物がそれなりにある。中には健一朗さんの父である出水氏が所有するビルもある。不法侵入などと言われずにビルに立ち入ることは健一朗さんなら可能だ。
所有者のいない建物に入ってもいいし、歩道橋から飛び降りてもいい。今は交通量がそこそこあるから、飛び降りで死ねなくても、タイミングを上手く図れば、車に跳ねられることも可能だ。
このように、飛び降りのみならず、死ぬ方法は他にもあるのだが、気軽で比較的達成率が高いのは飛び降りだ。飛び出しだと車がブレーキを踏む可能性がある。川に橋はかかっているが、かなり人目につくため、良心ある人に止められるだろう。
そういうときは変に頭が回るものだ。だから知実さんは人目があり、即死も狙える歩道橋を、希さんは人目がなく、高さのあるビルをそれぞれ見回ることにした。
こういう配分になったのは、人目がある場所で健一朗さんが飛び降りをした場合、希さんは思い切り能力を使えないからだ。能力の使用に躊躇いが生まれたその一瞬が命取りになるかもしれない。健一朗さんを助けるために万全を期したのだ。
この街の交通量は常にそこそこだが、馬鹿みたいに飛ばして回る車は多い。そのため、歩道橋もある。
知実さんは少ししんどそうにしながら走っていた。足が痛むのだろう。けれど、知実さんが歩道橋の見回りを選んだのも計算づくのこと。
「ここにもいない。あと三つ……!」
歩道橋に絞れば、何十箇所もあるわけではないので、歩く量も少なくて済む。足は痛むが、五、六箇所であれば回れる。
そんなとき、希さんから連絡が来る。
「見つけたよ! 工事途中で止まってる出水サン所有のビルの五階!!」
「屋上階じゃないのか?」
「屋上滅茶苦茶高いヨ。十階以上はある」
まあ、四階以上であればほぼ死ぬとされているので五階からでもかまわないだろう。階数と現場の状況から知実さんは場所を特定し、すぐ行くと告げて電話を切った。
嫌な予感がする。知実さんの頬を冷や汗が垂れた。
場面が切り替わったと思ったら、五階から階下を眺める光景だったので、心臓に悪くて、ひゅって息が変な方に入った。
高所恐怖症ではないのだが、うん、びっくりするよね。
健一朗さんにも考えがあったらしい。
「たぶん知実と新乃さんが探しに来る。きっと新乃さんの能力を使って止めるつもりだろう。四階より下だと、そもそも死ねないし、あまり上に行き過ぎると、新乃さんの能力が間に合ってしまう」
死にたいというよりは、自分が傷ついた方がましという考えのようだ。正常な思考回路ではない。
確かに、重力操作なら、飛距離があればある分、[時間がある]と考えられる。例えば、五階から落ちるのと、十階から落ちるのでは共に一瞬の出来事にしか見えなくとも、実際、飛び降りてから地面に激突するまでのラグが違う。加えて希さんは普段から三階から飛び降りる知実さんのアシストをしているから、階が高ければ高いほど、能力を効かせられるということは容易に想像できる。
それでも、知実さんとの連携は事前の打ち合わせがあってのことだ。咄嗟のことだと、階段半階分でもぎりぎり。人目があると能力を堂々と使えないというのもある。だから誰にも見られたくないから人気のない場所を選んだけれど、場合によっては人の来る可能性のある休工中の建物を選んだ。見つかっても、間に合わないように。
結局、こうなった。
気づいていた。いつか限界が来てしまう、と。出水の家に迎えられたときから、こういう終わりになることは想像ができていたはずなのに。
「まあ、せめて、一人で死ぬよ」
そう呟いて、健一朗さんは飛び降りた。
「伏見クン!!」
ケータイを放り投げて希さんが飛び出す。それは重力を無視して、見えない階段を駆け上がるよう。
「何をしている!?」
「!?」
そこに轟いたのは、知実さんの声じゃなかった。希さんが瞠目する。
それでも希さんは止まらずに飛翔し、健一朗さんを捕まえて、地面へと着地していく。
緩やかに地面に降り立つ様はまるで天使のようだった。
天使のために降り注ぐ静寂。それは一人の男によって破られる。
「[天使]だ……[天使]が現れた……! やはりこの子は[天使]の子だ。天使を呼び寄せたんだ」
そんな勝手なことを宣いながら、希さんへと近づいてきたのは、出水氏だった。その狂信的な眼差しに圧されて、希さんは息を飲む。
「ああ、[天使]さま、ありがとう。この子を助けてくれて。私の前に現れてくれて」
「っ……触らないでください!!」
「新乃、危ない!!」
咄嗟に出水氏の手を振り払った希さんの名前を呼んだのは知実さんの声だった。上から影が落ちてくる。それは大量の鉄パイプだった。
希さんは健一朗さんを助けるのに手一杯で、能力のコントロールなんて、正直できなかった。
だから、希さんの飛翔に巻き込まれて重力に逆らい、舞い上がっていた鉄パイプが、落ちてきたのだ。
「この馬鹿、退け!」
知実さんは出水氏を引っ張って退ける。ただ、希さんには間に合わない。
鉄パイプが彼女を押し潰す直前、知実さんはばちりと、希さんと目が合った気がした。
「知実、チャン……」
それが最後に聞こえた希さんの声だった。
健一朗さんは希さんによって鉄パイプが落ちてきた範囲外に出ていた。唖然としている。
嘘みたいな赤い血が、鉄パイプの合間を縫って流れている。知実さんも、健一朗さんも、出水氏も、それを呆然と眺めていた。
ばつん、と映像が切れ、声が流れてくる。
「あのとき私が出水氏ではなく」「そもそも僕が自殺なんて」「新乃に手を伸ばしていたら」「あの場所を選ばなければ」「一人で行動させてはいけなかった」「二人を巻き込まなければ」「なんで私は新乃を」「出会わなければ」「何が主人公だ」「生まれてこなければ」「どうしてこうなった」「[天使]なんか」「超能力なんか」
「「存在しなければよかったのに!!」」
「……わかったカナ?」
いつの間にか、黒い空間に夢先生が立っていた。俺は夢先生の言葉に疑問符を浮かべる。
「ワタシは怒っているノ。お姉チャンに散々助けられてきたクセに、お姉チャンを助けなかった二人。それどころか、お姉チャンの能力を否定した。超能力なんて存在しなければよかった、なんて、お姉チャンの存在そのものを否定するようなもんダヨ。ダカラ、ワタシは復讐することにした」




