第91話「死ぬために生きるな!!」
新乃夢の能力解除の数分前──
白磁の肌に禍々しい黒い痣が広がり、それは刃の形へと変貌していった。
本当に隼人のあれと似ているな、と私は思う。佐倉氏に言わない方がいい、という咲原の意見も頷けた。
倉伊ロデオ。私の目の前に立ち、私の命を刈らんとする死神[殺刃鬼]。最強の超能力者であろう彼と何の能力も持たない私は向き合った。
私は強制力とやらを使えるらしいが、任意ではないし、そもそも超能力と呼べるような特異な能力は持たない。人より体が丈夫ってくらいだろう。[万能な兵士]などと名乗っておきながら、できるのはただの肉弾戦だ。
倉伊が肉薄してくる。小手調べといったところか。私は半身でかわし、突き出された黒い刃の付け根、おそらく手首の辺りを掴む。同時に倉伊の足を引っかけようとしたが、失敗。予測していたらしい倉伊が私の手を振り払いがてら宙返りをする。振り払われた手を握りしめ、肘鉄を食らわせようとするが、ぱし、ともう片方の手で止められた。
肌というには硬い感触だ、と思って一歩退いて見れば、倉伊の手は黒かった。おそらく刃と同質のものを纏わせているのだろう。さすがというか、能力を使い慣れている。
私は着地の瞬間を狙って蹴りを放とうとするが、黒い羽根がばさっと視界を覆った。目眩ましか。
着地した倉伊は両手が元に戻っている。黒い刃は任意のタイミングで解除でき、解除したことで黒い羽根となって体外に排出されるといったところか。[殺刃鬼]の現場に黒い羽根だけが残るのは能力を解除した跡というのもあるだろうが、[殺刃鬼]が来たということを表す意味が強いのだろうな。解除のタイミングは任意だから、別にわざわざ羽根を残す必要はないのだ。羽根を残さなければ誰がやったかなんてわからないのに、わざわざ残す理由は相手への絶望を与えるのと……仕事で殺しをやっているそうだから、依頼者へ暗に任務達成を伝えるためだと考えられる。口止めしている可能性もあるが、誰も[殺刃鬼]の正体を知らないというのは違和感がある。依頼者と直接会っていないと考えた方が辻褄が合う。
そんな[殺刃鬼]が正体を表したということは、私を殺す気だということで、残念ながら間違いないみたいだ。
負けられない。私がこいつに負けたら、殺されたら、口封じに咲原や半田も殺されるかもしれない。咲原は常に超能力者に命を狙われる身だ。最凶の殺し屋である[殺刃鬼]に狙われていてもおかしくはない。それに、倉伊は標的は私と言ったが、私だけが標的とは限らないからな。新乃夢の目的は佐倉氏と伏見氏。探しに来たとしても確実なのは咲原か半田。場合によっては全然関係ないやつが捜索するかもしれない。私が来ない可能性があるのに新乃に協力したということは、佐倉氏か伏見氏、もしくは両方がこいつの標的である可能性が高い。
誰も殺させてたまるか。
今度は私から倉伊に踏み込む。私は能力もなければ武器もない。生身で自在に刃を作れる能力者相手に無謀だろう。だが、佐倉氏が夢で言っていたことが本当なら……
「超能力者として不完全な能力を得た者は超能力者にはならず、単純に人間としての身体能力が強化される……?」
私は超能力者に対抗しうる無能力者であれるはずだ。
黒い空間。異空間と言っていたが、ここはそこら中に新乃の気配がする。たぶんその気配というのは波長とやらだろう。新乃は波長を操って私たちを隔離することができた。自由度の高そうな能力だ。自在に動かしたり、出したりできる壁と考えればいい。
私が直進してくると思った倉伊が構えるが、私は手近の壁を蹴って方向を変える。
「!?」
倉伊が瞠目した。当然だろう。先程までそこに壁なんてなかったし、今もない。
何をしたかというと、単純に私が新乃の波長を壁と認識しただけなのだ。波長というのは目に見えないものだが、物体にするために巡らせている波長なら、質量があってもおかしくない。目に見えないだけで、半ばそこにあるようなものだ。という認識で蹴った。成功するかは半々だったが、まあいい。
この調子で新乃の波長を壁や踏み台と認識して利用すれば、動きやすくなる。認識しなければないことになるのなら、動きを制限されることもない。
私は倉伊の肩めがけて蹴りを放った。倉伊は私の脚と自分の腕を平行にすることでいくらか衝撃を和らげたようだが、能力は発動させていない。
私は更に空を蹴って追撃する。倉伊もただではやられない。さっき蹴ったのと逆の手を刃に変えてカウンター。私は半身で避けつつ、突き出された倉伊の腕に掴まり、鉄棒の要領で前回りして着地。態勢を整えようとしたところに倉伊が刃を横薙ぎにしてきたので、後ろに転ぶようにして回避。ついでに倉伊の腕を蹴り上げる。倉伊はよろけたが、それだけだ。
厄介な能力だ。武器と体が一体となっているから、武器だけ弾き飛ばして無力化、というのができない。倉伊は腕から真っ直ぐにしか生やさないが、もしかしたらどんな方向にも刃を生やせるかもしれない。生やせる刃は本人の元々の質量に依存しないのだったら、[殺刃鬼]という名前もなかなか見事なものだ。全身が凶器ということになる。
態勢を整えて、立ち上がり、倉伊を見据える。ご丁寧に待っていてくれたようだ。
「余裕だな、倉伊」
「まさか。これでも動揺してるんだよ。五十嵐さんがこんなに動けるなんて」
「そうかい」
私は立ち上がるときに掴んでいた倉伊の羽根を投げつける。なんで触れるのか散々不思議がられていたが、まあ、こうして目眩ましに利用できると考えれば悪くない。
私は逃げずに立ち向かう。逃げたところで追ってくるだろう。それなら、ここで倒した方がいい。私は[兵士]なのだから。
倉伊の背後を取り、こめかみめがけて手刀を振り下ろす。倉伊はその私の手首を掴んで投げた。考えることは同じだ。戦い慣れている。私は受身を取って起き上がった。
そうして倉伊との攻防を続けるうち、空間がぐらりと揺れる感覚があった。
「……ニーノさんか」
新乃か能力を使ったらしい。この波長の感じ、嫌だな。四方八方から見られている気がする。
そこで私の動きが鈍ったのを倉伊は見逃さない。手にした黒い羽根を私に向かって一つ投げてきた。能力の所持者でない私が羽根を持つのとでは仕様が違うらしく、黒いナイフとなったそれが、私の眉間めがけて飛んでくる。とんでもないコントロールだ、と感嘆しながら私は上に避け、空を蹴って縦横無尽に駆け回る。それなりのスピードが出ていたはずだが、倉伊は確実に私のいた場所にナイフを投げてくる。一部は服を掠めたほどだ。
だが、私も倉伊を捉えている。……今!
空を蹴り、倉伊に急接近する。倉伊はナイフを構えることができないまま、横薙ぎの私の手刀を皮一枚で避ける。手刀で倉伊を捉えられないことは折り込み済みだ。私の目的はそこからバク宙しながら倉伊の手からナイフを叩き落とすこと。あわよくば私の得物にしたかったが、倉伊の手から離れると羽根にすらならず、消えた。
倉伊から距離を取って無事に着地したところで、倉伊に問いかける。
「倉伊、どうして私を狙う?」
それがずっとわからなかった。咲原ならいつも殺し屋の一人や二人くらいに当たり前に狙われているからわかる。半田も二重能力者ということが知られれば狙うものもあるかもしれない。
ただ、私は特に何か特筆するような害のある存在ではないはずだ。捕縛するにしたって、利もない。
さて、どんな答えが返ってくるのか、と思っていたら、それは想像以上に納得できてしまうものだった。
「──リオウ」
「!?」
そ、れは……
「五十嵐李王って言えばわかる?」
二度と聞きたくなかった名だ。なんて忌々しい……あいつと血が繋がっているなんて、吐き気がするよ。
李王というのは、私の父の名だ。なるほどあいつなら他人の恨みを買っていそうだ。
「僕の父親が日本人っていう話はしたと思うけど、それが李王さんなんだ。僕の母親をなぶって捨てた。そのことで母方の親戚はかんかんに怒っててね……李王さんの血筋を根絶やしにするように言われてるんだ」
私は眉根を寄せた。
それは私が何度も考えたことだ。存命時の父を、幼いながらに何度殺そうと思ったことか。
倉伊の母親の他にも、この分だと世界規模で女作っていそうで考えただけでいらいらする。そんな血が自分に流れているのか、と認識すると時には死にたくなるほどだ。
「なるほど、あのクソ野郎の血を根絶やしに、か。私も何度そう思ったことか」
だが、そうするわけにはいかない。私には生きなければならない理由がある。
「だが、それは私のみならず、弟や場合によっては母にまでその牙が及ぶのだろう? ──そんなこと、許すものか」
血を根絶やしにする。その中に娘である私が含まれるのなら、当然息子である隼人も含まれるだろう。正式に籍を入れていた、というだけで、母も狙われるかもしれない。
それに、今はそうじゃないだけで、咲原だって、いずれ倉伊と殺し合うことになるかもしれない。[憑依霊]のとき、そうだったように。
私には守るものがたくさんあるんだ。
そんな私の地を這うような決意の声に倉伊は悲しげな表情を浮かべた。
「だから、君を最初に選んだ」
「死んでやるものか」
私は強く返す。
「私には守らねばならないものが山のようにあるのだ」
宣言すると同時、私は飛んだ。倉伊の真上で壁を蹴り、背後を取る。首を絞めようとしたが、倉伊は反射的に腕を割り込ませた。更にその腕を刃へ変化させる。
すぐ離したつもりだったが、浅く切られた。じくじくと痛みが登り詰めるように押し寄せてくる。
「倉伊、お前もだ」
「え」
唐突な私の一言に、倉伊は虚を衝かれたようで、呆然とする。だがこれはその隙を衝くために口にした言葉ではない。
「お前も、私の守りたいものの一つなんだよ。異母兄弟とか、そういうのは関係ない。私は苦しそうにしているお前を守りたい。できるなら、救いたい」
と、と一歩。倉伊の間合いに踏み込む。その刃が私を貫いてしまわないように、手首を掴んで、抱き寄せた。
きっと、私に[傀儡王]が使えたなら、使っていただろう。
「あいつの血を根絶やしにするってことは、最後にはお前も死ぬってことだろう? そんなことのために生きるな。死ぬために生きるな!!」




