第81話「お前に友達など必要ない」
図書館からの帰り道。広い歩道で三人広がって談笑という少々行儀のよろしくない歩き方をしながら、三人は歩いていた。
俺はそういう友達がいたことないから、歩道に広がって話している陽キャどもを見ると通行の妨げだと思うのだが、親友レベルの友達ができたらこういうもんなんかねえ。……お、言ってて悲しくなってきた。
女子二人と男子一人なので健一朗さんが若干可哀想な気もする。が、健一朗さんの家に向かっているようだ。
「そういえば、家でまでいじめられてたりしないだろうな、健一朗」
「ないよ。奥様もそんなに暇じゃないし」
奥様。健一朗の義母で、父親の正妻のことらしい。まあ、愛人いじめても、子どもに罪があるかっていうとそれは違うからな。
というか、[奥様]というかしこまった呼び方をするってことは、やっぱり健一朗さんの家ってすごい家なのだろうか。いや、でも両親のことは普通にお父さんお母さん呼びだったから、実母じゃない奥様に距離を感じているだけか?
知実さんの問いかけに希さんが疑問符を浮かべる。
「佐倉サンは伏見クンと幼馴染みなんですヨネ? おうちに行ったことナイんですカ?」
「健一朗の家は慈悲論を過剰信仰してるからな。あたしは慈悲論も背信者論も信仰してないし、ましてや[天使]でもないから敷居をまたぐには壁があるんだ」
おお、宗教の面倒くさそうな話だ。
無宗教の若者が宗教どっぷりな人に勧誘される的な面倒くささもあるだろうし、[天使]信仰が過剰なら、平家にあらずんば的な思想を持っていてもおかしくない。
健一朗さんがそんな家にいられるのは[|天使]の子どもだからだしね。
「それで伏見クンは寂しくないのですカ?」
「え」
健一朗さんが虚を衝かれたような表情をする。
「寂しいって……そんなことはないよ。知実がなんだかんだ気にかけてくれるし、別に外出制限されてるわけじゃないから、会いたかったら外に出ればいいし」
門限とか束縛的なことをされていないのは意外だった。まあ、愛人の子だし、愛人が[天使]なだけで、健一朗さん自体は[天使]じゃないから、そんなに興味はないのかな。それはそれで寂しい気もするけど。
「あ、そろそろ僕の家だからこの辺で」
「あ、うん」
「また明日な」
「ん」
そう言って健一朗さんが入っていったのは、格式高そうな屋敷だった。
希さんが首を傾げる。
「アレ? あそこって出水って家じゃありマセンでしたっけ?」
「ああ。健一朗は資産家の出水氏の息子だ。実母からの願いで、苗字は実母のもののままなんだと」
「へえ……」
そこで場面は健一朗さん視点のものに切り替わる。
「ただいま帰りました」
帰ってきたくなかったかのような小さな声で玄関に上がる。健一朗さんは俯いていた。誰も彼を迎える者はない。
しん、と静まり返っている家の中をとことこと進み、自分の部屋に向かう健一朗さん。すると部屋の前に威厳に満ちた風貌の男性が一人、仁王立ちしていた。
健一朗さんは、反射なのだろう、びくん、と肩を跳ねさせる。
「まだ佐倉知実と関係を続けていたのか」
言い方! 言い方! それ元カノと交際続けていたみたいに聞こえるからね!?
そんな俺の心のツッコミはさておき、健一朗さんは所在なさげに視線をさまよわせる。
「それに、また誰とも知れぬやつと関わりを持って……いいか? お前に友達など必要ない」
「お父さん……」
この発言には俺だけじゃなく、五十嵐や半田もどよめいた。
「お前は今は亡き実母の代わりに[天使]という名を負って、この家に存在していればいい。俗世に関わるな。俗世に関わったために、他人に関わったために、あれは死んだ。そのことをゆめ忘れるな」
「……はい……」
健一朗さんのお母さん、もう亡くなっているのか。しかもこの人の口振りからすると、誰かのせいで死んだみたいな感じだな。
たぶんこの人は健一朗さんの父親なんだろうけど、健一朗さんのお母さんを愛していたのかもしれないけど、冷たい感じがする。木枯らしが吹きすさぶ中に立たされているような、湿り気のない肌寒さがある。
健一朗さんはたぶん、愛されてはいない。ただ[天使]の子どもという肩書きを求められて、記号のようにここに存在するんだ。
健一朗さんは別に愛されたいとかそういうのはなさそうだけど、なんか寂しいな。存在するだけでいいっていうのは、生きてくれたらそれだけでいいっていうのとはニュアンスが違うっていうか……
生きていてほしいっていう願いではないんだよな。道具みたいな、「そこにあると便利」みたいな扱いなのかな。
父親が去っていき、健一朗さんは俯いたまま部屋に入る。部屋は和室で、私室とは思えないくらい物がなかった。[WHAT]の健一朗さんの部屋と一緒だ。
「……知実も、新乃さんも、大切だけど……」
健一朗さんは畳んである布団の傍らで、丸くなって一人で呟いた。
「無理だよ、こんなの……」




