第82話「だって、一度きりの人生ダヨ?」
明くる日も、知実さんと希さんは二人で健一朗さんを助けていた。健一朗さんは家で父親に言われたことを二人には明かせていないようだ。
「それにしても、よく知実は[天使]である可能性を疑われないよね」
「それなんだがな、カーネーション氏の研究で面白いことが発覚したらしいんだ」
知実さんは興奮の滲んだ表情で、鞄からノートを取り出し、二人に見せる。が、希さんも健一朗さんも首を傾げた。
「どういうコト?」
「超能力者として不完全な能力を得た者は超能力者にはならず、単純に人間としての身体能力が強化される……?」
ノートの内容を口に出して理解しようとした健一朗さんだが、結局語尾が疑問符に釣り上がってしまう。
知実さんが鼻息荒く説明した。
「[天使]になる条件は満たしているのに、能力を得られない者が存在するってことだよ。[天使]の護衛をしている宗教関係者とかがそうなんじゃないか、とあたしは思ってる。[天使]の力には[天使]の力でしか対抗できないはずなんだ。それなら、[天使]を襲ったり、拐ったりするときは[|天使]の力が必要になる。慈悲論、背信者論関係なくな。でも、[天使]関連の事件で[天使]を守っているのは[天使]じゃない。それは[天使]の特殊な能力を凌駕するほどの人間としての基礎能力が高い者がいるからだ」
「ええと、つまり?」
「人並み外れた身体能力を持つ者がいる。その身体能力はとても[天使]や[超能力]とは呼べないけれど、それが能力を得なかった代わりの恩恵だとしたら? という説が発表されたんだ。だから、三階から飛び降りて無傷でも、そういう人間って扱いになる」
知実さんの説明は回りくどかったが、要するにゲームで言うところのバフみたいなものが常にかかっている状態の人物って感じだろうか。五十嵐が該当するかもしれない。
血縁関係があると超能力を発現しやすいという例は何件かある。バンシー・クレイアとローザ・クレイアのように。いつか、双子らしき暗殺者もいた気がする。それなら弟である隼人くんがほぼ超能力者になっている五十嵐にも超能力を発現する素質があったと考えてもおかしくない。それが五十嵐の並外れた身体能力や直感に繋がっているのなら、超能力者と渡り合える五十嵐の異様さも納得がいく。
いや、知実さんは超能力者じゃないけどね。まあ、そういう考え方があって、そう思わせることもできるということなのだろう。まあ、単純に知実さんが変人認識なので、相手からするとそういう細かいところはどうでもいいのかもしれないが。
カーネーションという研究者の研究成果というのも気になったが、知実さんたちの話題は移り変わっていく。
「佐倉サンは夢のために一所懸命勉強しててすごいネ」
「まあな。そういえば、新乃は何か夢とかないのか?」
知実さんの問いかけに希さんが得意げに胸を張る。よくぞ聞いてくれました、といった感じだ。
「私はネ、妹と一緒に作家になるンだ。童話作家。絵本作家」
「妹さんと?」
健一朗さんが驚いた顔で希さんを見る。希さんはしっかりと頷いた。
「妹は空想が好きでネ。まあ、能力の性質上もあるんだろうケド……面白い話をいつも聞かせてくれるンだ。でも、周りの人には上手く伝わらないみたいで、それをわかりやすくするのに私の力を借りたいって」
「ああ、新乃は現代文の成績いいからな」
「妹は絵が上手いノヨ」
それで絵本か、と納得した。仲のいい姉妹だ。
なるほど、夢先生がメルヘンというか、童話を網羅している感じなのは、お姉さんとの夢があったからなんだな。元々好きそうではあるけど。
「いいね、仲良くて」
「伏見クンって兄弟いないっけ?」
それはある意味不躾な問いだった。地雷にしか思えない。何せ健一朗さんは愛人の子どもで、血の繋がりはあるにしても、同じ母親から生まれた兄弟はいないだろうから。
案の定、健一朗さんは苦い顔をしたが、その回答は予想とは異なるものだった。
「義理の兄がいるらしいんだけど、性格が悪いらしくてね。今はもう家にいないよ。半ば勘当された感じで……家の中でもその人の名前を口にすることすら憚られるくらい」
「[名前を言ってはいけないあの人]じゃないんダカラ……」
勘当されるって相当だな。[天使]の子として神聖な存在と扱われたであろう健一朗さんは関わらなかったというより、関わりを遠ざけられていそうだな。
「ああ、あいつか……なんか女をとっかえひっかえしてるとか聞いたことあるぞ。昔はこの学校でぶいぶい言わせてたらしいな」
「そう、そいつだよ……」
健一朗さんがはあ、と溜め息を吐く。そこそこの有名人らしい。
「不良生徒だったらしいんだけど、今はどうしてるのかな……あいつ絶対反社になるだろってみんなに口を揃えて言われてたっけ。だからこそ早々に縁切りして、苗字も変えさせたって」
「えぇ……なんかすごいネ」
反社ってことはヤのつく人とか? そう思われるくらいヤバい人間いたんだ……
裏社会の存在は知っているけど、俺が知っているそれはあくまで公になっていない超能力者同士での鬩ぎ合いの話だ。一般で言うところの裏社会は知らない。まあ、超能力者の暗殺者とかそういうところと繋がっているのかもしれないけど、できれば一生関わりたくはないな。
ふと冷えた空気を感じて隣を見ると、五十嵐の目が据わっていた。そこで思い出す。女をとっかえひっかえする暴力男。五十嵐の父親の特徴と合致する。あまりいい気分ではないだろう。
「ええと、佐倉サンは?」
「兄と姉がいる。姉はいい人ができたって最近聞いたな」
知実さんの姉……つまりは俺の母親だ。俺はなんだか罰が悪くなってスクリーンから顔を背ける。あの人は元気にしているだろうか。俺に対する愛情はなかったとしても、母親だ。それに知実さんから悪い話は聞かない。
「お兄サンは?」
「とっくに結婚してるよ。滅茶苦茶長男って感じのしっかり者。姉はあれだな……単純というか」
あ、と思い出したように知実さんが付け加える。
「我が姉は健一朗の初恋泥棒だったな?」
は!? と思って画面に目を戻す。健一朗さんは耳まで真っ赤になっていた。え、まじなの?
半田も同じことを思ったらしく、さっきから俺への視線が五月蝿い。俺じゃなくて健一朗さんに聞いてくれ。
隠そうともしていない知実さんのからかいの色に、希さんも乗っかって、健一朗さんを肘でつつく。
「おやおや? 健一朗少年、隅に置けませんナア」
幼馴染みの姉に恋か。少し背徳的だな。まあ知実さんは健一朗さんのことアウトオブ眼中っぽいから修羅場ではなかっただろうけど。
ただ、女子という生き物は恋ばなというやつが好きらしい。希さんが根掘り葉掘り聞く。
「健一朗少年は年上が好みなのカナ? 希チャン気になっちゃうナア。男ノコじゃないから、男ノコの性癖とかわかんないもんナア」
ものすごいノリノリだな。
「年上でちょっと天然入ったショートカットの大和撫子が好きなの!! 悪かったな!!」
やけくそで叫ぶ健一朗さん。うん、頑張ったよ、健一朗少年。俺なら無理だ。
年上で天然なショートカットの大和撫子ってわりと属性もりもりだな。母さんはわりとしっかりしているタイプだと思っていたけど、それは主婦だったからなのか?
知実さんが呵々大笑する。健一朗さんは茹でダコだ。希さんはうんうん、とにこにこ頷いている。
「健全な少年ダネ。希チャン安心しちゃっタ」
「うるっさいなあ、もう……」
「安心したのは本当ダヨ。だって伏見クン、そういう余裕なさそうだったからサ」
え、と健一朗さんが希さんを見る。希さんの顔色にもうからかいの色はなかった。
「伏見クンの心が思春期って呼ばれるこの時期に殺されてなくてヨカッタ。心が死ぬと、何が好きとかわかんなくなっちゃうカラ。そんなの、寂しいじゃナイ」
希さんは立ち上がり、窓越しに青空を見上げた。
「だって、一度きりの人生ダヨ?」
その言葉に二人は微笑んでいた。




