第80話「あんな家なんて」
そうこうしているうちに、場面は放課後に変わる。市立図書館に来た知実さん、希さん、健一朗さんの三人は各々勉強をしていた。
希さんと健一朗さんは普通に試験勉強っぽいのだが、知実さんだけ何故か雑誌を読んでいた。それでも勉強に見えたのは、何やらノートにメモをとっていたからである。
「また学会の雑誌?」
希さんが気づいて声をかける。ああ、と知実さんは顔も上げずに答えた。
学会。それは超能力を研究する者たちの集団だ。知実さんが研究を始める前からあったのか。
健一朗さんが侮蔑に近い微妙な表情をする。
「学会って……知実は宗教嫌いなんじゃなかったか?」
「学会が宗教の形を取っているのは[天使]という単語が宗教的な意味を持つからだ。中身は科学者たちの討論みたいなものだよ。学会とは言い得て妙だな」
なるほど、昔から学会は超能力──ひいては[天使]について研究していたのか。知実さんが現れる前に活躍していた研究者とかいるのかな。
希さんが脇から知実さんの雑誌を覗き込む。
「あ、またカーネーションサンの論文読んでる」
カーネーション? 人の名前だろうか。それが過去の研究者の一人ということか。
知実さんが語る。
「カーネーションという研究者は[天使]のことを[超能力者]って呼んでいるんだ。ダブルミーニングとかよりよっぽどわかりやすい。最初に[天使]なぞと名前をつけたやつは阿呆か中二病だろう」
「アハハ」
ずき、と胸が痛んだ。実は俺、[天使]という呼称を気に入りかけていたのだ。やっぱり俺は佐竹の指摘通り中二病なのだろうか。いや、そんなはずは……
乾いた笑いをこぼす希さん。その傍らで黙々と参考書を読んで問題を解いていた健一朗さんがむすっとした表情をする。
「[天使]の研究者の名前がカーネーションだなんて、世の中は皮肉めいたものが好きだね」
「ん? どうした健一朗」
冷めきった声音で健一朗さんは語った。
「神話では主神となる神はほとんどが男神だ。けれど、何かが生まれるとき……主に人間に何かがもたらされるときにその役目を担うのは女性だろう? 聖母マリアとか、マリアにキリストの誕生を預言した天使ガブリエルとか。だから女の人が子どもを産むし、母という役割も与えられた。だから母は子どものことをなんでも知らなきゃいけないし、子どもの面倒も見なくちゃいけない。そんな母親を象徴する花がカーネーションだよ。これは世界共通で、日本では母の日に赤いカーネーションを母親に贈る文化があるけど、アメリカでも似たような文化がある。そっちでは白いカーネーションを亡き母にあげる文化だって聞いたけど……母親の花と聞いて、真っ先に思い浮かぶ花がカーネーションであることに変わりはないよ。[天からの子ども]と書いて[てんし]とも読むし、天子を産むのは母親だ。……[母親の象徴]の名前を使って[天使]について調べるなんて、わざとらしい」
健一朗さんのまくし立てに、知実さんが肩を竦める。
「お前のそういうところだと思うぞ、たぶん。人に嫌われるの」
「いいよ。今更好かれる気なんてない」
健一朗さん、いじめですれたのかドライだな。
一方、希さんは健一朗さんの弁に興味津々のようだった。
「皇室の方々も天子と呼ばれていましたから、伏見くんの論も面白いですネ。それに、カーネーションサン、ペンネームか何かかもしれないデスし、あながちその考察も間違いではナイかもしれませんヨ」
「コードネームとかだったらますます中二じみてるな」
知実さん? 中二に偏見持たないで?
どうやら、雑誌のカーネーションという人はフルネームが載っておらず、ただカーネーションと呼ばれているだけらしい。学会は[学会]というのが宗教臭さを醸し出しているけれど、慈悲論、背信者論のどちらにも傾倒していないようだ。むしろ[天使]としてどちらの派閥からもある種の差別を受けているとして、[天使]と呼ばれる者たちの差別からの解放を謳っているらしい。
知実さんから断片的なことしか[学会]については教えられていなかったから、この学会の姿勢についてはびっくりした。今はそうではないとしても、そういう思想を掲げていたことがあったのか、と。
「健一朗の家は慈悲論の宗派だろう? そういう考え方してて大丈夫か?」
知実さんの問いかけに、健一朗さんが忌々しげに顔を歪める。なんか、こういう負の感情を露にする健一朗さんって見たことがなかったから別人のようだ。
「あんな家なんて」
ぐ、と机の上で拳を握りしめる健一朗さん。家が好きではないようだ。まあ、話からして、[天使]とされる母親とは同居していないようだし、母親が愛人と言われるからして、父親には正妻がいるのだろうしな……ぐれたりひねたりするのは仕方ないかもしれない。
その憎々しげな様子に知実さんが険しい表情をする。何か知っているのだろうか。
だが、知実さんは一瞬でその表情を消し、持論を展開する。
「あたしは、このカーネーションって人の考え方と知識を広めたい。難しいだろうが、高校出たら、そういう研究ができそうなところに行こうと思ってる」
知実さんは希さんと健一朗さんに微笑んでみせた。
「そうして、お前らが大手を振って歩けるような世界に変えたい」
「エヘヘ、佐倉サン、ありがとう」
希さんはほのぼのとしていた。希さんの笑顔に知実さんも満足そうだ。健一朗さんはそっぽを向いていたけど。
ゆうやけこやけが流れてくる。三人は荷物をまとめた。
三人で仲良く一緒に帰るようだ。




