第61話「空想の街か。随分懐かしい話じゃねえか」
登校すると、クラスの女子がきゃいきゃい言い始める。倉伊に。
転校してきてからというもの、倉伊の人気は凄まじい。そりゃ、金髪碧眼の美少年で勉強ができればモテるわな。朝のホームルームの時間までは他のクラスの女子まで来てすったもんだとなっている。
「人気者がクラスにいるとすげえな」
そんなありきたりな感想を呟いたのは佐竹だった。机に鞄を置きながらなので、今来たところらしい。
「そうだな」
「男として微妙な気持ちだよな」
「俺は女子にきゃあきゃあ言われたくはないぞ」
「わーってるって。お前は五十嵐だろ?」
「ばっ……!!」
「ん、呼んだか?」
「呼んでない!!」
くそう、顔が熱い。佐竹め、人をからかうのも大概にしてほしい。恥ずかしいんだよこんちくしょう。
五十嵐もなんでタイミングよく振り向くかなぁ。はぁ。ただ、俺を見ているのは幸か不幸か佐竹と五十嵐だけだ。
「それより、知実さんから聞いた話があるんだけど」
「おっ、あのおばさん次はどんなことを……」
「佐竹、それ以上口に出したらお前が今知実さんのことをおばさんって言ったこと本人に言うぞ?」
「ひええ」
五十嵐は疑問符を浮かべているが、知実さんはあれで呼び方に厳しい。まあ、年齢相応の対応だとは思う。なんてったって、まだ三十路だ。「お姉さんとお呼び」とまでは言わないまでも。
ちなみに、佐竹は小学生の頃、俺が知実さんに引き取られたばかりの頃に紹介したとき、「おばさん何歳?」と見事に地雷を踏み抜いて、「明宏くん、ちょっとお姉さんとお話ししようか」と連れて行かれ、青ざめて帰ってきた経歴がある。あのとき何があったのかは知らないが、とても恐ろしいことがあったのだと理解した。
トラウマレベルの事案なのか、佐竹が黙ったところで、俺は五十嵐の方を見て、話を進める。俺を中二病とからかう佐竹の前で話すのもどうかと思ったが、今更なような気もしたので無視しておく。
「[葬儀屋]っていうこないだのやつ、[空の街]っていうところに住んでいるかもしれないって」
「[空の街]? なんだそれは」
五十嵐も聞いたことはないらしい。それもそうだろう。俺だって知実さんに聞いて初めて知ったくらいだ。それに、あの知実さんも噂程度にしか聞いたことがないという。
なんて思っていたら、意外なところから声が上がった。
「ほー、空想の街か。随分懐かしい話じゃねえか」
「佐竹?」
超能力とは無縁な佐竹からそんな発言が出た。え、懐かしいとは?
「何か知ってるのか?」
五十嵐が詰め寄るのに対し、佐竹があわあわとした。ぐい、と詰め寄ったものだから、顔が近くて仕方ない。役得なやつめ。
「そ、そーいや、五十嵐さんは小学校違うから知らねえんだな」
「小学校?」
そんな話、あっただろうか。
「あれ、咲原も覚えてねえのか? 小三くらいのときの担任がいたく気に入ってた話があったじゃねえか。[空の街]って絵本。国語の時間、教科書の代わりに読ませられたの忘れたのか?」
あー、そういえば、絵本好きの先生がいたっけな。名前は夢先生って言ったっけ。空想話の好きな先生だった。
ただ、[空の街]なんて話、あっただろうか、と思っていると、焦れたように、ほらあれだよあれ、と佐竹が語り出す。
「その街には、不思議で優しい力を持つ人が住んでいました。ミルクを一瞬で温めたり、材料をあっという間に料理にしたり、綺麗な水を出したり。優しい力を持つ者たちは、気も優しい人たちばかりでした。
けれど、魔法のような特別な力を他の人々は嫌いました。人々に嫌われてしまった不思議な力を持つ者たちに神様が遣わした天使が居場所を作ってあげました。
そこはなんにもない空っぽの街でした。けれど、空っぽでも、不思議な力を使えば色々なものに満ちていき、たちまち彼らは幸せな暮らしを送っていきました」
あ、なんとなく思い出してきた。
それは空っぽだった街に不思議な力が宿る者たちが移り住んでいく話だった。けれど、どうしても心の中の空っぽが埋められなくて、力を隠して街の外で暮らすことを決めるという話だったはずだ。
今思うと、これは超能力者の話なんじゃないだろうか、と思う。昔は妙な力を持っていると、悪魔とか魔女とか差別されたという話はよく聞いたことがある。
そういう迫害と、それから逃れたところで、心が満たされることはない、というなかなか真理に迫った話だった。
「そういえばそんな話があったな。絵本とは思えないシリアスな内容だった」
「だからかねえ、先生は一番好きな話だっつってたぞ」
「そんなことまでよく覚えてるな」
小学校の頃の思い出なんてもう薄れてきている。俺の記憶力が悪いのだろうか。
確かに、先生が激推ししていた話だった。いつか行ってみたいとも言っていた。
「でも所詮は空想の街だろ? 行って何になるんだろうな」
天使には会ってみたいかもな、と佐竹はにかっと笑った。




