第122話「お前はお前だよ」
子どもは親を選べない。それは世の摂理だ。俺の両親が共に糞野郎だったように。
五十嵐だって同じだ。望んで五十嵐李王とかいう糞野郎の極みを父親として生まれたわけじゃないだろう。
五十嵐の葛藤や痛みを一介の友人でしかない俺がわかることはできない。俺の両親とは比較にならないくらいヤバいやつらしいからな。旦那の出張の多さにかまけて不倫してた母親くらい、可愛いもんだよ。世界を股にかける浮気者なんて。
更にDVだろ。体罰だけじゃなく、五十嵐の存在そのものを傷つけるような言葉の暴力も振るっていたようだし、五十嵐の心に根強い劣等感を植え付けるには充分すぎるくらいだ。
でもさ、
「俺は李王さんのことは知らないし、李王さんの存在がどれだけ五十嵐たちを苦しめてきたか、本当の意味では理解できないんだと思う。李王さんっていう五十嵐にとっての巨悪が消えてからの五十嵐しか知らないから。でもさ、それでもさ、俺は五十嵐舞華のことをろくでなしとは思わないし、一発殴られたくらいで、暴力男の血を引く子どもだ、とかそんな偏見は持たない。五十嵐の味方でいたいし、これまで五十嵐にたくさん助けられてきた分、今度は俺が五十嵐を助けたいよ」
俺が一気に思いの丈を吐き出すと、少し静寂が流れた。その静寂の中で、五十嵐がお冷やのグラスを手慰み、からん、と氷を鳴らしながら、一口飲む。
五十嵐が返す言葉に悩んでいるのがわかった。別に同調能力で五十嵐の心を読んでいるわけじゃない。俺は五十嵐には[傀儡王]を使わないようにしている。
佐竹に知られたら、からかわれるような惚れた弱みの部分もあるけどさ、同調能力とか、そういう俺にしか使えないようなドーピングみたいなのを使って、五十嵐の心根を知りたいわけじゃない。俺は超能力者じゃない、ただの咲原唯人として、五十嵐の心を汲みたい。それが理由だ。
「五十嵐はさ、周りから見たら、万能人間のように見えるんだろう。実際、人智を越えたことをすることもあるし」
ずば抜けた身体能力で超能力者を反撃の間も与えず伸したり、超能力者じゃないのに強制力を操れたりな。
「でも、五十嵐がちゃんと人間だって、俺はわかってる。っていうかそもそも、万能人間や完璧人間なんて、存在しないしな。五十嵐だって最初から頭よかったわけじゃないし。保育園でのいじめっ子討伐事件とかな」
「やめろ黒歴史なんだ、あれは」
俺の言葉に五十嵐が項垂れる。掘り返されると思っていなかったんだろう。効果は抜群だ。
つまりは誰もが最初から優秀なわけじゃないってことなんだけど。
「五十嵐にだって、黒歴史はあるし、コンプレックスだってあるわけだろ? それに俺たち高校生だし、思春期真っ盛りじゃん。普通、そういう時期って嫌な言葉を飲み下しきれずに、過剰に反応して、ヒステリーだって起こすこともある」
俺はグラスを持つ五十嵐の手にそっと手を重ねた。
「まあ、みんなはびっくりしたかもしれないけどさ、嫌なこと嫌だって主張した上で押しつけられそうになったら、ヒスるくらい誰にでもあることなんだよ。女子たちは五十嵐を信望するあまり、五十嵐が人並みに人間ってことを理解してないだけで」
「それがつらいのだが」
弱音を吐く五十嵐は珍しい。でも、そんな五十嵐が見られるのが、俺は嬉しくもあった。他人に弱味を見せようとしない五十嵐が、俺にはほんのちょっと、心を許してくれるような気がして。
それに応えたいと思った。
「だから俺がいる」
俺の言葉に五十嵐はぱっと顔を上げた。目を丸くして、驚いているみたいだ。俺はその目を真っ直ぐ見返して伝える。
「俺は李王とかいう糞親父がいた時代の五十嵐を知らない。お前にとって黒歴史のその時代を知らないってことはさ、お前をそういう偏見で見ないで見られるってことだ。五十嵐李王のことを知らないからお前を[その娘]として見ることがない。五十嵐を五十嵐のまま受け入れる存在に俺はなれるんだ」
五十嵐はこれでもかというくらいに目を見開いた。それは目から鱗が落ちるみたいな感じに。
知らないっていうのは、悪いことばかりじゃないんだ。
「お前が李王さんを呪わずにはいられないのも、他の被害者が李王さんを許せないでいるのも、俺にとっちゃ他人事だし、第三者が口挟むんじゃねえって、何度も言われたよ。たぶんそういう人たちの恨む気持ちを止めることは、俺にはできない。でも、できないから何もしないってわけじゃない。まあ、直接的には止められないんだろうけどさ、俺は五十嵐が、少しでも息をしやすいようにするために、五十嵐の傍にいるよ。五十嵐の友達として。五十嵐のこと、もう相棒みたいに思ってるしさ」
呪う心を止められない。それなら、俺にできることは何か、考えた。
リーンズにどうしようもない、と言われても、諦められなかった。だって、五十嵐や倉伊が自分のせいではない怨念に囚われ、苦しみ続けるのを黙って見てなんかいられない。
大事な人なんだ。友達なんだ。
だからさ、俺にできることを考えた。
「最初は、ほんの些細な気慰めにしかならないかもしれないけど、五十嵐が李王さんを恨む暇がないくらい、他の感情でいっぱいにしたい。楽しいことをたくさんしたい、他愛ない会話で幸せを感じてほしい。父親がどんなクズでもカスでも、五十嵐は幸せになっていいんだ。五十嵐ばかり我慢しなくていいんだ。俺がお前に、幸せと思えるような日々をたくさん与えたい」
次から次へと言葉が出てくる。コミュ障なんて言葉、今の俺にはなかった。
五十嵐に伝えなくてはならないから。五十嵐の劣等感を拭うために、五十嵐が前を向くために、俺はいくらだって言葉を尽くす。
「だって、誰の子どもだろうと、俺にとって、お前はお前だよ」
俺を信じてくれ、という気持ちで、五十嵐の目を真っ直ぐ見据えた。




