第121話「五十嵐には何度も救われてるよ」
放課後。
「五十嵐」
俺は職権乱用することにした。呼ばれた五十嵐が驚いた顔をしている。うーん、そういえば五十嵐に殴られてからちゃんと話してなかったからな。
放課後は任意だが、クラスでの合唱コンクールの練習をする。指揮者は暇なのである。まだパート決めして、パートごとに練習し始めたばかりだからな。
五十嵐も音楽苦手なら参加しなきゃならんだろうが、暇人の指揮者の相手をしてもらうことにする。
「なんだ、咲原」
「話がある」
「うむ……私も」
五十嵐は組んでいた手を握り直した。
「私も、咲原に話したいことがある」
「それじゃあ、とんずらするぞ」
「は?」
俺の言葉に五十嵐の声がひっくり返る。俺は学生鞄を持って、五十嵐の手を引き、ダッシュで校内を駆け抜けた。みんなに「何事!?」というような目で見られたが気にしない。大事なのは勢いってことよ。
「待っ、咲原、はや」
「転ぶなよ?」
「無茶言う、な!」
階段を六段すっ飛ばして降りる。良い子は真似しないように、
そうして、風のような速さで俺たちは昇降口まで来た。さすがに上履きのまま外に出るほどの非常識ではないので、靴を履き替え、また疾走。
なんだかんだ言いながら、まあ運動神経なら五十嵐の方がいいのでついてきてくれる。
到着。
「ここ……」
五十嵐が唖然としている。そうだろうとも。
そこにあるのはうどん屋の[華文]という看板。五十嵐母の勤め先の一つだ。
「なんでここに……」
「穴場だから」
「そうだが……」
この様子からすると、乙奈さんいるんだろうな。
「ここの方が、お前、素で話してくれるだろ?」
「母をだしに使うな」
「ははは」
育ち盛りの高校生ですし、うどん屋で小腹満たすのもありかなって思ったんですよね! 値段も手頃ですしおすし。
中に入ると予想を裏切らず、乙奈さんがエプロン姿で出てきた。
「あら舞華。学校は?」
「もう放課」
「でも合唱コンクールが近くあるんでしょう?」
「二人で練習抜け出してきました」
「ぬあっ、咲原……!」
「あらあらあらあらあらあらあらあら」
おお、乙奈さん、すっごくいい笑顔。
「舞華ったら放課後デート? もうっ、青春してるわねえ。そんな楽しいならお母さんに教えてくれればいいのに」
「ち、違っ」
「いえ、俺が誘ったんです」
「あらまあ! 咲原くん、ここだけの話、舞華は多少強引な方が好きみたいよ? ぐいぐい行っちゃいなさい」
「ほうほう」
「ふーたーりーとーも!」
五十嵐の顔がすっかり茹で上がってしまっている。うん、悪趣味だとは思うが、こういうのって楽しいよね。
それから席に案内される。夕方というにはちょっと早い時間なので空いていた。
まあ、空いているだろうから、ここにしたんだけどね。
前来たときはゆっくりできなかったけど、ここお冷やじゃなくて麦茶出るんだ。うま。乙奈さん曰く、冬は温かいお茶を出してくれるらしい。心憎いな。冬も来よう。
「何頼む?」
「釜玉」
即答だな。そういえば、前来たときも乙奈さんが勝手に五十嵐の分釜玉で受けてたっけ。釜玉好きなのかな。
釜玉うどんを二つ注文し、よく冷えた麦茶を飲む。わりと久しぶりに走ったかもしれない。
最近は倉伊がいるからか、[殺刃鬼]の噂が立っているからか、俺への刺客はない。これで[空の街]の主人である夢先生との繋がりもできたし、頼れるとこを頼れば、毎日逃亡生活はする必要がなくなるかもしれない。
それにあたって……いや、それ以外のことも含めて、これからのことを五十嵐とは話し合っておかなきゃいけないと思った。
「五十嵐、あのさ」
「待って」
五十嵐が俺の口を塞ぐように手を突き出してきた。
「先に話させてほしい」
「ああ、うん」
俺が頷くと、五十嵐はお茶のグラスを避けて、テーブルに頭を擦り付けるように頭を下げた。
「この間は殴ってすまなかった」
「いや、いやいやいや、ぜ、全然! 全然気にしてないから! いが、五十嵐!」
俺が混乱してしまう。何故なら店の奥で店員の方々が「あら修羅場?」などと井戸端会議を始めてらっしゃるからだ。見世物じゃないやい。
まあ、でも、そのことについて、ちゃんと話せてなかったからな。五十嵐としては、自分の心に区切りをつけるためにも、謝っておきたかったんだろう。殴られたことすら忘れかけてたけど。
「お、俺こそ、無神経で……ごめん」
[空の街]でリーンズと話した後もずっと考えていた。五十嵐李王の件に関して、俺はどうしたって何も知らない第三者でしかあれない。
それなのに、知った風な口で、正論で諭されりゃ、そりゃ怒るよなぁ、とは納得するわけで。
「それでも、暴力に走るのは良くなかった。自分が嫌になる。あいつのことが大嫌いなのに、あいつみたいになってるんじゃないかって思うと、自分が生きていることにすら吐き気を覚える」
重症だな。
「そんなこと言わないでほしい」
顔上げて、というと、五十嵐は顔を上げ、暗い色をした目で俺を見る。俺もちゃんと、目を合わせた。[傀儡王]を使うわけじゃないけど。
「俺は李王さんのこと、よく知らないけど、五十嵐には何度も救われてるよ」




