第120話「みんな、始めろ。授業時間は限られてるんだ」
佐竹の一件でクラスメイトとある程度打ち解けられた俺は順風満帆といった感じだった。
そのまま、合唱コンクールの練習も上手くいくと思っていたんだが……音楽の時間、事件は起きた。
先に言っておくと、俺が起こしたんじゃない。
「パートリーダーなんてやらない!」
そう叫んで、騒ぎの中心にいたのはなんと五十嵐だった。
台詞の内容と五十嵐の気質を踏まえて、俺は何が起こったか、大体わかった。まあ、起こったことは読んで字のごとくパートリーダーを押しつけられそうになったって話だ。
リーダー系の仕事を五十嵐に預けたい女子たちの気持ちはわかる。五十嵐はなんでもそつなくこなせて、気配りもできる万能人のように見えるだろう。実際、多種目競技うんたら祭では各種目で指導のようなことをしていたようだし。
何より五十嵐は人望が引くほどあるんだよな。特に女子に。なんでだろう、と考えてみたんだけど、たぶん、みんなは五十嵐の父親のこと知ってるんだろうな。俺や佐竹はこの辺の人間じゃなかったから知らなかったけど。
暴力親に育てられて、弟を守りながら、学校でも普通の子と遜色なく振る舞う姿はすごいって思えただろう。俺もすごいって思うし。それに五十嵐は[女]っていう性別も合わさって、より偉大に見えるのだろう。
男尊女卑の文化はもう古いものだとされているが、まだまだ蔓延っている。たぶん、完全に消えることはないんだと思う。それでも、社会の取り組みで女性の活躍の場は増えている。
女子高生の間でその先駆者みたいな認識を五十嵐はされているんだと思う。父親という男の暴力に屈せず、自分のやり方を貫いたり、男と遜色ない運動能力を発揮したり、クラスの中心人物になれるような、ネタキャラでありながらちゃんとコミュニケーションを取れる能力を持っていたり。人が憧れるのも仕方ないくらい、五十嵐はたくさん持っている。
だが、音楽に関してだけは、本人が苦手だと言っていた。ピアノが弾けないって聞いたときは俺も驚いたもんだ。五十嵐曰く、音楽だけは人に合わせることができないらしい。
なんでもない風に言っていたが、不得手なことでお神輿に担がれるのは、やっぱり五十嵐でも嫌なんだな、と思った。
「私より歌が上手いやつなんていくらでもいるだろう?」
「上手い下手じゃなくて、五十嵐さんはまとめ上手だから」
「まとめ上手なら歌が下手でもいいのか?」
「というか、五十嵐さんがまとめ役でいてくれるとみんな安心できるし……」
「人間には向き不向きがある。普段からまとめ役が上手くても、得意なジャンルと苦手なジャンルがある。だからジャンル別にリーダーが存在するわけで……」
「五十嵐さんはなんでもできるじゃない」
うわ、と俺はその言葉に固まった。五十嵐が言葉を止めたため、それまで流れていた理性的な空気が凍る。
今喋っているのは五十嵐の盲信者だ。五十嵐舞華という人間を神か何かだと勘違いしている。
って、こんなこと言ったら、「あんたに五十嵐さんの何がわかるの!?」みたいなことを言われかねない。それでも五十嵐は指揮者伴奏者決めのときにはっきり「ピアノは弾けない」と言っているわけだし、音楽が苦手なことだってそこから察せられると思うんだが。
そうじゃなくても、人間、何かしらの得手不得手はあるものなんだから、それを受け入れた方がいいと思
「私は何もできない!!」
やべ、五十嵐が爆発した。最近の五十嵐はちょっと爆弾の導火線がそこら中にあるからな。父親という地雷源踏まれたてほやほやだし。
「私の意見に耳も貸さないやつらのための指揮なんてごめんだ。一緒に歌いたくもない」
「へ」
「与先生、保健室に行ってきます。頭が痛いので」
「わかりました」
五十嵐はぴしゃーん、と音楽室の戸を閉めていった。戸が壊れないといいけど……
わざわざちゃんと理由をつけて出ていく辺り、五十嵐は律儀だな、と思う。頭なんてちっとも痛くなさそうだ。要は頭を冷やしてくるということなんだろうけど。
俺は倉伊に目をやる。気まずそうに俯いていた。
倉伊と五十嵐は異母兄妹、なんて知ったらみんな発狂するだろうな。俺は他人事だと思えるからいいけど。
とりあえず、五十嵐がいなくなってそわそわしている女子たちに声をかけるか。
「五十嵐以外にパートリーダー適任者か、パートリーダーに立候補したいやつはいるか?」
よし、噛まずに言えた。えらいぞ、俺。
五十嵐はアルトのパートだ。アルトパートって主旋律じゃないから難しそうだよなあ、と思いながら女子たちを見ていると、そろそろとおさげ眼鏡の子が手を挙げた。今時おさげ眼鏡の子なんているんだ。
五十嵐信者のセミロングがきっとおさげ眼鏡を睨むが無視無視。
「じゃあ、君が仮でパートリーダーってことで。なぁに、パートリーダーって言ってもそんなにやることないし、気楽にな!」
「は、はい!」
うん、おさげ眼鏡ちゃんは気弱そうだな。セミロングは気が強いし、俺だって怖い。
ので、俺は力ずくで時間を進めることにした。
「みんな、始めろ。授業時間は限られてるんだ」
うっわあ、久しぶりに[傀儡王]使ったな。ちょっと運用方法を試したけど……うんうん、みんなちゃんと動き出したね。
同調能力による効果範囲の指定、強制力弱めでの発動。命令形で言わなきゃならないのがネックだけど、言い訳を付け加えれば、違和感が和らぐ。
今まで個人に対しての使用が多かった[傀儡王]だけど、指定人数というか、個人や一個体ではなく、範囲指定することで、強すぎる強制力をばらけさせる目的だ。そうすると後遺症が残りにくいんじゃないかと思って。
佐竹以外に使うのちょっと緊張したけど、上手くいったようでよかった。おさげ眼鏡ちゃんが、アルトパートのCDをかけ始めた。
さて、あとは五十嵐と話さなきゃな。




