第119話「ヤバいヤバいヤバい」
「ヤバいヤバいヤバい」
「佐竹、次の授業始まるぞ」
「ヤバいヤバいヤバい」
「そうだな。ヤバいな」
「ヤバいヤバいヤバい」
「ヤバいしか言えない悲しい生き物になってるお前がヤバい」
「ヤバいヤバいヤバい」
ぐっと大地(床)を踏みしめ、佐竹は立ち上がる。
「ヤバーーーーーーーーーい!!!!!」
がたーん、と椅子が倒れるけたたましい音。誰よりもヤバいと言いながら、誰よりもヤバいやつと化している佐竹に一様にびっくりするクラスメイトたち。漏れなく俺もびっくりした。
原因はわかっている。今佐竹の手の中にある俺のスケッチブックだ。そう、HITOKATAeyesのメンバーさんにサインしてもらったやつ。
ayさんたちには悪いが、俺はちっとも音楽に造詣がないし、興味もない。サインは最初から佐竹にやるためにもらったのだ。頭を垂れてつくばえとまでは言わんが、ヤバいの前に何か言うことはないか? 佐竹よ。
「くはぁーーーーーーーー……」
「佐竹」
スケッチブック掲げて机に顔を埋める。器用だな。
はっ、これが世にいうオタクというやつ!? オタクは推しの前では語彙力をなくすとかいうあれ!? 語彙力どころか人権もなくしそうだけど大丈夫か!?
「もう一生分の運使い果たしたかもしんねえ……」
そう呟いた佐竹はぐすん、と鼻を啜った。え? 鼻をすすっ……泣!?
オタクの情緒わかんねえ。泣くとこなのか!? 今!?
佐竹とは腐れ縁というだけあって長い付き合いだが、全っ然対処の方法がわからない。助けを求めて周囲を見たが、さっと目を逸らされた。冷てえな!? お前ら!!
なんだっけ、最近よく聞くオタクに優しいナントカ。ええっと。
あっ!
「お客様、お客様の中にギャルはいらっしゃいませんか!?」
瞬間、誰かが噴きそうになった。構わず俺は続ける。
「どなたか、オタクに優しいギャル様はいらっしゃいませんか?」
会場は最高潮。緊張が閃光のように駆け巡ったかと思えば、教室にいる一同、コルク瓶の栓が抜けたときの間抜けな音でも聞いたかのようにげらげらと笑い始めた。待って、倉伊と五十嵐も笑ってんじゃん。
「もう無理」「これ素?」「マジかよ」「咲原ってこんな面白いやつなの?」「ウケるー」「ヤバいヤバいヤバい」
などの声が聞こえる。口元を塞ぐ人、腹抱えて笑う人、手近な机をばんばん叩く人、様々いたが、それが好意的な爆笑であることが伝わってきて、俺は戸惑う。
「俺何か変なこと──言ったな!?」
急に我に帰って、ぶわあっと顔が熱くなる。
なんだよ、お客様の中にギャルはいらっしゃいませんかって。オタクに優しいギャル様はいらっしゃいませんかって。面白すぎるだろ。みんなじゃなくても笑うわ。でも言った当人の立場だと滅茶苦茶恥ずかしい!!
いつの間にか佐竹も笑ってるし!! この野郎!!
俺が我に帰ってしまったことにより、場はいっそう盛り上がる。いっそのこと殺してくれ。
「さぁーーーーたぁーーーーーけぇーーーーーーー……!!」
「うえっ!? なんで俺が怒られんだよいでっ」
とりあえず一発叩いておいた。よし。
「咲原、俺居原。お前がこんな面白いやつなら、もっと早くに話しとくんだったな」
「咲原くん、私各務乃原! 保健委員だよ。よろしくね」
「あっえっと、咲原唯人、です……」
何人かに声をかけられ、戸惑いつつも、名乗る。そうしたら、みんな顔を見合わせて、くすっと笑った。そして、示し合わせたように同じことを言う。
「「「「「知ってる」」」」」
「デスヨネ」
まあ、なんか、悪い気はしない。
人に囲まれるのも、話しかけられるのも、恐怖でしかなかったけど……クラスメイトとくらいは、こうして笑い合う関係でいるのもいいのかな。
それが束の間の安息だとしても。




