第117話「咲原シズカと咲原スグル」
うーん、カーネーション女史とはあんまり話せなかったな。人格障害もあるっていうし、鬱病とかもあるのかもしれない。そういう人に無理に話しかけるのは悪手だよな。超能力研究のことはまた今度聞こう。
と、俺が自分の中で整理していると、リーンズがひょこっと目の前に出てくる。
「超能力について、知りたいことがあるナラ、ある程度は答えられるヨ、[傀儡王]クン」
「……その呼び方はやめてください」
能力名で呼ばれると殺し屋とかそういう変な組織の人とか思っちゃってびっくりするから。
が、リーンズの発言はそれを上回る驚きをもたらす。
「釣れないナ~。咲原シズカと咲原スグルが今どうしてるか知りたくナァイ?」
その名前に俺はびくりと肩を跳ねさせた。
咲原静花。旧姓佐倉静花。それは俺の母の名前。咲原優は俺の父の名前だ。俺の超能力が暴発した事件以来、二人には会っていない。というか会えない。
[傀儡王]を使って命じた[二度と顔を見せるな]のせいで、会いたくとも会えないのだ。俺はそれを戒めとして、二人の近況を聞かないようにしていた。
幸い、今のところ俺に伝えなければならないほどの不幸には見舞われていないようだし、たぶんあの二人は、俺がいてもいなくても、普通に暮らす能力には問題がないはずだから、気にしないようにしていた。
「別に、知りたくありません」
「オトーサンとオカーサンデショ? ちゃんと生きてるんだカラ、現状くらい聞いてあげたラ?」
「そうだよ、咲原くん。いくら能力で会えなくても、リンさんの手にかかればその辺の情報は簡単に手に入るし」
違う。
「……知りたくないんです。知りたくない。もし、俺がいなくても、普通に暮らしていたらってだけで微妙な気持ちになるのに、俺がいないことで幸せになっていたら、俺がいたときより自由を感じていたら、俺がいない方があの二人にとってよかったって、他人から示されたら、否定しようがないし、逃げられないじゃないですか」
本当に、ただただ知りたくないのだ。
「俺がいなくてもよかったなんて、知りたくない」
知らなければ、都合のいいように解釈できる。知らなければ、考えなくて済む。向き合うには現実は怖すぎるし、俺は俺の存在価値を信じられない。
「実はネ、その二人を[空の街]に招こうって話が持ち上がってるんダ」
「え」
俺の葛藤はお構い無しに、リーンズは告げた。その内容は衝撃的なものだ。
あの二人を[空の街]に?
「一体どうして」
「[傀儡王]の能力を強く受けすぎた影響が出ているんだヨ、二人共。デモ、超能力のコトは公ではないシ、表では補助を受けられないのよネ」
「影響って、どんな」
聞くのが怖い。
佐竹に軽く使うのでさえ、軽く前後の記憶がなくなるという弊害があるのだ。一番最初、何の制御もなしに放たれた[傀儡王]の全力を受けて、何もない方がおかしいのだ。
聞きたくない。でも、俺には聞かなければならない責任がある。
「最初は老いによる軽い健忘だと思われていたんだけど、最近は二人して記憶の欠落と混濁がひどくてね、仕事とか私生活に支障が出ているらしいんダ。健忘って難しい言葉だけど、簡単に言うと物忘れだね。本当の本当にちょっとした物忘れだったのが、最近突然重症化したって話ダヨ。お医者さんが調べても何もわからないだろうカラネ。咲原って名前聞いて、ニーノがもしかしたらって調べて、キミのご両親だって気づいたから、[空の街]で引き取る話を出したんダ」
やはり、記憶を司る部分にダメージを負わせているらしい。俺はぐっと手を握りしめた。
最近急に重症化したというのも気になるし、俺に無関係な話とは口が裂けても言えない。避けている間に、そんなことになっているなんて。
「大丈夫? 咲原くん……」
「うん、大丈夫」
倉伊に答えたのとは裏腹に、心の中ではものすごく焦っている。早くなんとかしなければ、という焦燥感。嫌な予感がするのだ。何か、取り返しのつかないことになるような予感が。
俺が、今すべきことは……
「って、今日はお客が多いネ。どうしたのサ、アイ」
今度は見るからに日本人な感じの女の人が入ってきた。ここ、情報屋の家だよな? 無防備が過ぎないか?
だが、リーンズの顔見知りらしい……と思っていたら、倉伊がぱっと顔を輝かせる。
「アイさん、合唱曲アレンジ、ありがとうございます!」
待て、なにて?




