第109話「ずばり、一体化できるんだ!」
「いやあ! みんないい感じだね。先生感動しましたよ。咲原くんの療養欠席が続いて、合唱コンクールの練習が遅れているクラスだから心配していたのだけれど、この分なら、他のクラスと伯仲……いや、一つ頭が抜きん出るくらいだ! では女子はパート分け、男子はパート練習に移ってください」
と、まあ、与先生も大絶賛の中、授業は普通の合唱コンクールの練習に移っていく。
地味にぐさっときたのだが、俺が療養している一週間、みんなを待たせて、練習を遅らせてしまったという事実。目を背けていたけど、こんなにはっきり言語化されると胸に来るものがあるな。申し訳なさが立ち込めてくる。
黒輝山は学校行事の多い学校であるため、行事に対する準備期間が少ない。ただでさえ少ない時間を削ってしまったという罪悪感が重い。
「咲原くん」
そこにピアノの倉伊が声をかけてくる。倉伊は目をきらきらとさせていた。年相応の少年のように。
こんな顔もできるんだな、と思った。倉伊はいつもどこか憂いを帯びていて、それがまた乙なのだけれど、苦しそうだったから。そりゃ世界を股にかける一流暗殺者とか、最強の超能力者とか、くそ野郎の呪いとか背負ってたら明るい笑顔なんてできないだろうけど。
倉伊が明るいとちょっと嬉しい。顔が綺麗だから、もっと笑えばいいのに。声も透明で落ち着いているから。
「さっき、不思議とみんなの心が咲原くんに集中してたけど、何かした?」
脇に佐竹がいるのでなるべく超能力用語を使わないようにしているのか、随分とオブラートに包んでくれた。
さっき。全員で歌うのは初めてのはずなのに、不思議と一つにまとまって、余韻に心地よさの残る感覚がした。それは倉伊も、他の生徒も同様で、みんな戸惑いながら満足していたように思う。
が、戸惑っているのは俺も同じだ。
可能性をかなり薄く見ていたが、と俺は佐竹に問いかけた。
「佐竹、お前が言ってたこの曲の効果って、さっきのみたいなことを言うのか?」
「おう」
待ってましたと言わんばかりに佐竹が喜色満面で告げる。
「さっきの現象、HITOKATAeyesの理念、作曲意図……ずばり、一体化できるんだ!」
「一体化?」
佐竹が滅茶苦茶元気に語り出す。
「HITOKATAeyesの楽曲は伴奏も歌も一つに聞こえる一体感が売りなんだ。一体化っていうのは、[複数の音が鳴っているのに一つの音に聞こえる状態]、言い替えると、複雑な和音が重なり合って綺麗に聞こえるんじゃなくて、シンプルな音階が聞こえるようになってるんだ」
「メロディラインがはっきりしてるってことか?」
「うーん、まあ表現が難しいけどそんなところだな」
さっきの体感一瞬と繋がらないんだが。
「体感の時間経過が速くなるってのはよくわかんねーんだけど、やっぱお前素質あるんだな」
佐竹に話すと、驚くでもなくそう言われた。
「HITOKATAeyesのみんなは個々の認識時間がずれてるんだと。まあ、当たり前っちゃ当たり前のことなんだけど、十秒チャレンジとか知ってるだろ? あれの結果の差がすげーの」
十秒チャレンジというのは、ストップウォッチの画面を見ないで十秒ぴったりで止めるあれだ。体育の授業とかでストップウォッチ持たされた生徒が暇を持て余してやる遊びの一つである。
「例えば、編曲してくれたayさんは11秒23」
「いや、なんでそんな細かいこと知ってるんだよ」
「公式ページにこの話アップされてんだって。本人たちの呟きもあるし。
サブボーカルのHITOMIさんが20秒43」
「え、おそ」
「伴奏のReiさんが9秒84」
「はや」
「作詞のカタタさんが15秒6」
「メンバー内での振り幅すごいな」
「だろ? それは人間が根本的に自分の芯として持つ基本リズムのずれによるものなんだけどさ。まあ、音楽的に言えば、一拍が一分間で120~130前後の曲がポップスに多いのは一番身近なリズムである脈拍がそれくらいだからとされてんのはそれなりに有名な話だよな。
でもHITOKATAeyesのみんなは人と合わせられない独自のリズム感を持つメンバーの寄せ集めなんだ。その中で一番人並みなayさんが編み出したのが、[一体化]なわけ」
ayさんは11秒だからまあ人並みだわな。というか人並みのリズム感持つ人が取りまとめないとどうにもならないくらいわかりやすくばらばらだ。
「それを編み出し、体得するまでに紆余曲折あるんだけどさ、ayさんは一体化をする上で重要なのは、中央に立つ者が普遍的な人間であること、なんだと」
中央に立つ者。それは合唱の場合指揮者だ。アーティストの場合はボーカルだろうか。
「……佐竹は俺のこと普遍的って認識してるのか? 意外だな」
やたら中二病だとからかってくるくせに。
「そりゃ、お前は中二病だけどよ。中学二年生だったのって、たった二年前の話じゃん。別に中二病なことが年不相応なわけではねえよ。高校生にもなってまだ中二病なのかよっては思うけどさ。でもお前はそれだけじゃないじゃん。親に捨てられて変人叔母さんに育てられても普通であろうとしてるし、健全な男子高校生として色恋の感情も持ってるじゃん。根暗そうに見えてひねくれてないし。お前のそういうとこ、普通に人に評価してもらうべきだと俺は思った」
俺は佐竹の言葉にきょとんとしてしまった。それから、はは、と笑いが零れる。
佐竹はそんな風に思ってくれていたのか、と。何かわだかまりが解けたような気分だ。
「それはそうと、俺は中二病じゃないけどな」




