第110話「ようこそ! [空の街]へ」
俺は色んな意味で普通じゃないと思うけど、佐竹に普通だと思われていたのはなんかいい意味で変な気分だな。俺を奇妙とか珍妙とか、偏った見方してたわけじゃないんだなー、と。
俺は黒輝山という偏差値高めの学校に入るのがギリギリ程度の勉強ができる。そんな程度だが、それは普通だったか。
確かに、普通になろう、普通になろう、と思って個性を殺して、周りの空気に合わせて、空気みたいにそこにいても気にならない存在になりたかった。入学から二ヶ月以上経つ今、クラスメイトに名前も顔も覚えられないほど空気になっていたということは、ある意味目的達成だ。
だけどそれでは、先に進めない。時間は容赦なく進んでいくけど、俺は先に進めない。
いつの間にか、先に進みたくなっているんだ。誰かと関わりたくなっている。誰とも関わりたくなかった俺の部屋のドアを豪快に蹴破った五十嵐と一緒にいたい。その先にいた倉伊と友達でいたい。
そのためには、引きこもりから脱しないといけないのだ。
だから俺は指揮者をやることにある程度納得した。そして、もう一つ、変化を求めて踏み出す。
帰り道は倉伊と一緒だった。五十嵐は気づいたら帰ってしまっていて、悩んだけれど、今は顔を合わせない方がいいだろう、と思った。
たぶん、俺は第三者だから、ひどいことを言えてしまう。それが五十嵐の拒絶に繋がるのなら、五十嵐はもちろん、俺も傷つくだけだから、一旦距離を置くことにする。
まあ、倉伊といるのは、もっと五十嵐について知るためでもある。
「意外だったな」
路地の薄暗い方へと俺を案内しながら、倉伊がふと呟く。金色の髪がさらりと動いて、作り物みたいに綺麗な碧眼が俺に振り向く。
倉伊、顔立ちが中性的だし、お母さん似なんだなあ、と改めて認識する。たぶん女子の制服着てても馴染むね。やらないけど。
「意外って、何が?」
「まさか咲原くんが[空の街]に行きたいっていうなんて。更に言うなら、超能力研究者のかーさんに会いたいなんて」
「あー」
俺は決まり悪く言葉を濁した。
そう、俺は今、倉伊に連れられて、[空の街]に向かっている。異空間隔離街というものが単純に気になる、というのと、知実さんが超能力研究の標にしていたカーネーションという人に会いたいからだ。会うだけじゃなく、協力を仰ぎたい。
佐倉知実というものがありながら、俺はよその超能力研究者に頼ろうとしているのだ。ちょっとは気まずい。
けれど、先に進むために必要だと思ったし、カーネーション女史にとっても研究課題としては悪くないものだと思うのだ。[超能力を消す]というのは。
「俺さ、[傀儡王]を両親にかけて、両親にかけた分だけ能力が解けてないんだ。それで、知実さんの研究に付き合ってる。いつか超能力が消えたら、両親を元に戻すことができるって思って」
「超能力が消えたら、ね……」
倉伊は俺の言葉に意味深に笑う。あ、これもしかして、倉伊は既に試していたりするんだろうか。
倉伊の超能力は呪いにより通常より強いものとなっている。呪いというとオカルトだけど、呪いの根源たる五十嵐李王の話を聞いたら、そりゃ呪いの一つや二つや三つや四つ、あっても不思議ではないくらい業深いもので。しかも倉伊は自分の能力で母親を殺して産まれたという話なのでもはや業深いだけで済ませていい問題ではない。
誰が好き好んで人を殺すための能力なんて持ちたいだろうか。自分の親を殺した能力を倉伊のような繊細そうな子がずっと持っていたいなどと思うだろうか。
超能力をなくす研究なんて、カーネーション女史はもうやり尽くしているかもしれないな、と考えていると、倉伊が口を開く。
「かーさんは最近はあんまり研究をやってないよ。その分佐倉さんが目立っているのだと思うけれど」
おそらく倉伊の母親の事件があったからだろう。カーネーション女史にとっても、李王は憎むべき相手だろうし、憎むべき相手の子ども育てるって、普通に考えたらそれなりに苦痛だろうしな……
けれど、研究者なら、倉伊は絶好の被験者であることも捨てきれないはず。それに、以前の研究資料を読ませてもらうだけでも俺にとってはためになる。知実さん以外の見解というだけで俺にとっては貴重な情報だ。
「それに、情報屋にも会いたいし。リンさんだっけ?」
「いやあ、佐倉さんがリンさんのことまで知っているとは思わなかったなあ」
倉伊が苦笑いする。
情報屋ことリーンズ=ケイル。裏社会でも表社会でも、その情報屋が知らないことはないという人物だ。俺も存在を知らされていなかったのだけれど、知実さんは前々から興味があったらしい。ただ、リーンズ=ケイルに関わると本格的に裏社会に足を突っ込むことになるので、俺が自立するまでは危ない真似はすまい、と噂程度の情報だけ得ていたという。
ただ、情報屋なだけあって、自分に関する情報も徹底的に管理しているため、知実さんが噂でも小耳に挟んでいたのは情報屋として名折れだとのこと。大袈裟だと思うけど。
「でも意外だね。咲原くんは裏社会に関わりたくないものだとばかり思っていたよ」
「そりゃ、関わらなくて済むならそうしたよ」
今度は俺が苦笑いをする。
「俺は倉伊と逆の意味で裏社会のビッグネームじゃん。情報屋とのパイプの一つや二つくらいあってもいいと思ったんだ」
「あはは……狙われるプロだもんね」
褒め言葉になってない。
冗談じゃないのだ。特殊な超能力を持っているからって、殺し屋から追い回される日々なんて。それから逃れるためには、この忌まわしい超能力を使わなきゃいけないこともあるっていうのも踏まえて、微妙な気持ちだ。
まあ、倉伊……[殺刃鬼]御用達の情報屋と関わっているということは、[殺刃鬼]と知り合いの可能性を匂わせられる。倉伊には悪いが、隠れ蓑にはちょうどいいのだ。
それともう一つ。
「情報屋なら、様々な側面からの超能力の情報を持っている可能性がある。研究者とは別な視点の情報からだって、得られるものがあるはずだ。[空の街]に住んでいるというのなら、尚更」
「なるほどね」
倉伊曰く、リンさんというのは超能力者じゃないらしいけど。超能力者じゃないからこそ気づけることもあるはずだ。
「そもそも、[空の街]って超能力者の街じゃないのか? てっきり超能力者しか住んでいないと思ったんだが」
「それは[空の街]の能力の仔細を知られないためのおとぎ話ダヨ」
耳慣れた声がして、ぱっとそちらを向くと、夢先生がいた。俺は一週間ダメダメだったのに対してこちらはぴんぴんしている。ちょっと悔しい。
夢先生はにこ、と笑ってお久しぶり、と俺にハイタッチを求めた。久しぶりといっても一週間しか経っていないけどね。
「ハイ、手続き完了」
「え」
「[空の街]に入るには、ニーノさんの許可と手続きが必要なんだよ」
つまり、夢先生が許可さえすれば誰でも入れる、ということか。
「ま、咲原クンに与えたのは一回きりの入場券だけどネ。詳しい話は中で」
夢先生が言うと、俺と倉伊の周囲の景色が一変した。薄暗い路地裏だったのが、閑静な住宅街になっている。
夢先生は無垢な笑顔で両手を広げた。
「ようこそ! [空の街]へ」




