第107話「お楽しみだ」
ずっと心に刺さっている言葉がある。
「五十嵐さんは、みんなの五十嵐さんよ!」
五十嵐はなんでもできて、教えるのも上手くて、みんなから慕われている。
その言葉が俺に向けられたとき、五十嵐は怒っていた。たぶん俺のためだったと思う。けれど、誰の要望も無碍にしない辺りが五十嵐の慕われる理由なんだろうな、とぼんやり理解した。
五十嵐は別に、誰のものでもないと思うんだけど、そんなことを言ったら、誰かに怒られるんだろうか。その怒る誰かは五十嵐のために怒るんじゃない。自分のために怒るんだ。そうして、何もしなくても五十嵐から関心を向けられる俺をやがて嫌うのだろう。
「いや、嫌われる好かれる以前の問題だろ」
俺はそこまで考えて、ふと我に返った。
「俺の顔と名前が一致してないようなやつがクラスにいるんだぞ? いっそ清々しいくらい無関心だわ」
「それ、言ってて虚しくね?」
「五月蝿いやい」
虚しいのは確かにそうなんだけど、わざわざ指摘すんなや。
「ってかさ、お前、人と関わらなさすぎだろ。中二病ってばれたくねえのはわかるけど」
「俺は中二病じゃない」
久しぶりのツッコミを噛みしめる。
五十嵐はモノホン中二病患者だが、俺は違う。いや、五十嵐のも演技だから違うのか?
俺が人と関わらないのは、関わりたくないからだ。特に珍しいことでもないだろう。人と関わると、大なり小なり、厄介事がつきまとうものだ。そういうことに巻き込まれたくない。
俺の方が巻き込む場合だってあるし。
「五十嵐とはなんで関わってんだよ?」
……そういえばなんでだっけ?
俺がきょとんとすると、佐竹が小突いてくる。
「惚けんなよ。わかってるっての。お前、五十嵐のこと好きなんだろ?」
……
…………
………………
「何か言えよ」
「何も言えねえ」
「んだよ、反応薄いな」
明らかにからかおうとしてただろ、こいつ。
まあ、俺から五十嵐へ向いている矢印については否定しようがないんだよな。倉伊に嫉妬している時点で語るに落ちるわけなんだけどさ。
ただ、やっぱり「みんなの五十嵐さん」の話があるから、告白するのは躊躇うんだよな。五十嵐に打たれたわけだし、どの面下げて五十嵐に好きです、なんて言うんだよ。恥ずかしいだけならまだいいが、情けないというか。
「いやいや、告白しない方が情けないと思うぜ?」
「ぐっさりくるタイプの正論やめてもらえる?」
残念ながら玉砕覚悟で告白するほどの甲斐性は俺にはない。そんなこと、佐竹が一番知っていると思うのたが。
まあ、倉伊が五十嵐と血の繋がりがあるってことで、五十嵐の恋愛対象から外れ……外れてるといいなあ……
言いたくないけど、五十嵐にかかった李王の呪いって、たぶん五十嵐が一番嫌っている、李王の暴力性だと思うんだよな……害のある存在とはいえ、初対面の人間を何の躊躇いもなく殴り飛ばせるのはある意味異常だよ。
「ま、五十嵐のことはいいけどさ。倉伊とは仲良くしてるか?」
「お前は俺のおかんか?」
他の人より話はしているし、隠し事もない、楽な接し方ができる相手だ。
「要するにさ、お前がみんなから、五十嵐や倉伊とつるんでいることで白い目で見られるのはさ、お前が名前も人柄もよくわからない有象無象だからだろ? クラスメイトにくらい覚えてもらえって」
「……もしかして、それが理由で俺を指揮者に指名したのか?」
「ピンポーン」
余計な世話を焼くやつだな……まあ、黒輝山に来ている時点で物好きではあるんだけど。
「それに言ったろ? あの曲には特別な力があるんだって」
「それ、何なの? お前、超能力も信じないくせによ」
「んー、推しのことだからな。それに、不特定多数が同じ効果を体感してるって話だ」
「通販かよ」
人のこと言えないくらい胡散臭いこと言うじゃねえかよ。
まあでも、超能力より多数の人間が同じ意見であるというものは信用できるか。歌に込められた思いっていうのは、案外人の心を揺らすからな。
「どんな効果なんだよ」
すると、佐竹は悪戯っぽく笑う。口元に人差し指を立てた。
「それは明日の音楽の授業のお楽しみだ」
本当かなあ。




