第106話「五十嵐には好かれてるけど、五十嵐以外には嫌われてんだろ」
俺が五十嵐に打たれて倒れてから、さして時間は経っていなかったらしく、午後の授業には出られた。
「五十嵐とはいえ、女の子に打たれたくらいで倒れんなよ、軟弱だなぁ」
佐竹がばしばしと背中を叩いてくる。
「っていうか打たれたってなんだよ? 痴話喧嘩か?」
いや、あれは痴話喧嘩ではあるかもしれないが……
「俺のじゃねーよ」
「じゃあ、とばっちりってわけだ」
理解が早くてよろしい。
「学園随一の美男美女の間に挟まれ修羅場を味わうなんて……知らないうちに大物になっちゃって……」
「感慨深そうにすんな! っていうか何目線だよ……」
佐竹は何やら身内感を出してくるが部外者である。本当に何目線なんだ、こいつは。
「それはそうとよ、明日音楽の授業あるらしいぜ」
「……そういや、お前はどうすんの?」
行事実行委員会の佐竹は合唱コンクール当日は忙しいため、クラスの合唱に参加できないわけだが、合唱コンクールまでの間、音楽の授業は合唱コンクールの練習に当てられる。まさか、音楽の授業を受けないわけにもいけないだろうし。
佐竹は若干遠い目をした。あ、これは触らぬ神だったか?
「インタビュアーだとよ。練習風景を写真に収めたり、意気込みを聞いて回んの。で、合唱コンクールまでにレポートにして、委員会に提出、当日は会場に貼り出すらしいぜ」
おおう……それは授業というより委員会活動だな。
部活のことは詳しくないが、広報部とかないんだろうか。
「新聞部はあるぜ。部員のほとんどが幽霊らしいが。文化祭のときに活動が活発になる」
「まるでそれ以外が冬眠期みたいだな」
「合ってるだろ。活動ちゃんとしてるんだったら、俺たちゃこんな苦労せんっての」
それもそうである。
しかし、佐竹、いくら裏方仕事が好きとはいえ、大変そうだな。
「素晴らしい提案をしよう。お前も行事実行委員にならないか?」
「ならねーよ。ってか、俺がなったら指揮者の権が白紙になるぞ?」
「くそう」
「いや、俺を指揮者にしたの、お前だからな」
この恨み、一生忘れねえかんな、と思っている。橋●かーんな?
「でもまあ、お前と倉伊なら、大丈夫そうだな」
「まあ、倉伊がピアノ得意なのはびっくりしたけど」
「五十嵐とお前のコンビだったら、色々瓦解しそうだから、お前が五十嵐を指名したときは正直冷や冷やしたぜ」
なにて?
ちょっと聞き捨てならない言葉が聞こえたのだが……
「五十嵐がピアノ弾けないの知ってたのか?」
「それは知らなかったよ。俺が言ってんのは、あー、相性ってやつ?」
「何の」
「曲との」
佐竹は悩ましげに眉を八の字にしながらつらつらと述べる。
「HITOKATAeyesの楽曲は、同性同士による演奏だからこそ成り立つって話。それは男女混声の合唱曲になっても同じなんだよ」
そういえば、佐竹の推しである[HITOKATAeyes]の皆さんは女性だけで構成されているグループなんだっけか。女性だけってところにポイントがありそうだ。
「同性同士で高め合うっていうのがHITOKATAeyesの理念なんだよな。だからよく今回の混声合唱の件、引き受けてくれたと思って」
つまり理念を曲げてまで、編曲し直してくれたということだ。
ファンの佐竹からすれば、推しが曲作ってくれたようなもんだもんな。たまにある著名人が学校校歌の作詞作曲をしてくれるみたいな夢みたいな話だ。
手痛いのは佐竹が本番で歌えないことくらいなもので。
「混声だからって言われるかもしれないけどさ、理念を完全に変えたわけじゃねえんだと思うんだよな。だから、それは指揮者と伴奏者の性別に参照されるんじゃねえかって」
「性別でそんな変わるもんか?」
「変わるだろうよ。性別が同じのと違うのじゃ相互理解の深さが違うだろ」
それは確かに。男には男にしかわからない苦しみがあるし、女にも女にしかわからない痛みがある。案外とその溝は深かったりする。
たぶん、性別以外もそうだ。超能力者にしかわからない苦しみがあるし、持たざる者の心は持てる者にはわからないという。その点では、五十嵐とはずっとすれ違うしかないだろう。残酷だけど、仕方のないことだ。
そういうことなら、俺と倉伊の方がわかり合える。まあ、倉伊と五十嵐にしかわからない苦しみもあるんだろうけど。
「あとお前さ」
佐竹は何気なく指摘した。
「五十嵐には好かれてるけど、五十嵐以外には嫌われてんだろ」
あまりにも正鵠を射た指摘に、俺はふい、とよそを向いた。




