第105話「五十嵐さんの夢を見てたの?」
ふっと目を開けると、白い天井が見えた。入学してから利用したことはないはずの、保健室の天井。何故だか、それがわかった。
「あ、起きた」
傍らから朗らかな声がする。そちらを向くと、緑とぱちりと目が合った。倉伊がいた。
「おはよう、咲原くん。五十嵐さんの夢を見てたの?」
何故いきなり夢の内容を当てられるのかしらん。
すると倉伊は困ったように笑った。
「超能力の応用だよ。同調能力って波長を読み取る能力なんだけど、それを同調せずに波長だけ感じ取る、みたいな使い方するんだ。波長からはその人が何を思っているか……つまりはその人の人となりがわかるから、波長の感じで誰の波長かを覚えるんだ。人によって感じ方は色々あるみたいだけど、僕の場合は波長が[見える]かな。咲原くんに五十嵐さんの波長がまとわりついている感じ? わかるかな」
わからんけど、なんかとんでもないことをやっているのはわかる。同調能力のワンランク上の使い方だ。波長が見えるって何だ。
「僕の能力は汎用性が高いんだ。変化系の能力は同調能力も強制力もフィフティフィフティくらいだから。能力の基礎値も呪いで高くなってるからね。[憑依霊]の子は二重能力者だったでしょう? 通常、二重能力者が存在しないのは、二つ以上能力を持つと肉体の許容を越えて命を落とすからなんだって。[憑依霊]の子は呪いで肉体が強化されてた。だから、[憑依霊]の他に元々呪いで与えられていた能力が重なって二重能力者になった。そう分析してる」
変化系がフィフティフィフティなのは知実さんから聞いて知っている。肉体の許容云々は初耳だ。
「それって、もしかして倉伊の保護者のカーネーションって人の研究結果?」
「うん。半田さんの話を聞いたけど、人為的な二重能力者なんて危険きわまりないよ。でも」
倉伊は自分の手に目を落とす。
「血とか、魂とか……そういうものが近ければ近いほど、適合はしやすい。[憑依霊]が自分の娘を使ったように、半田さんがお兄さんの能力を受け入れたように」
なんだか話がきな臭い方向に向かい始めたな。血や魂が近いって、まさか。
「倉伊、まさか呪いを一人で背負おうとか思ってるんじゃないよな?」
ローザちゃんを殺したのも、五十嵐姉弟をまだ殺さないでいるのも、倉伊が李王という血と呪いという魂の繋がりで、煮詰められた業を背負おうとしているのなら、辻褄が合う。合ってしまう。
倉伊はそもそも、五十嵐李王の子どもを全員殺したら、自分も死ぬ気でいたようなやつだ。やりかねない。
倉伊は悲しげに笑った。
「それはさすがにできないよ。呪いを受けるのも体に負担がかかるものだからね。李王さんの呪いを全部負ったら、死んでしまう」
やらない、とは言わないんだな。まだ実行しないだけで。
ただでさえ倉伊は一番最初に生まれた李王の子どもだ。理不尽なことだが、呪いを一身に請け負っていた時期もある。そんな呪いが結実して、[殺刃鬼]なんて力になったのだろう。
李王の分の呪いだけじゃなく、倉伊自身も呪いを向けられるくらい、人を殺している。こんな綺麗な顔をして、その手は何度だって真っ赤に染まったのだ。
「ただ、五十嵐さんが望むなら、隼人くんの分を背負おうとは思うよ。李王さんの血を引く子どもの中で、男なのは僕と隼人くんだけなんだ」
「それさ、五十嵐に呪われたいってこと?」
倉伊はきょとんとする。俺は遅れて口走ったことを後悔した。
五十嵐の波長がまとわりついている、と倉伊はさっき言っていたけど、五十嵐の負の感情に引っ張られているんだろうか。それで出てくるのが嫉妬なあたり、俺はもう手遅れな感じがする。
五十嵐に頼られたい。でも、俺にできることがない。倉伊にだけ、できることが残されているから、悔しいんだ。
そんなこと、言うんじゃなかった。
五十嵐のいいところも、悪いところも、俺が受け止めたいのに……なんて。
「五十嵐さんから向けられる感情には興味がないよ。申し訳ないけど。腹違いだけど兄妹だし」
そういえばそうだった。
「五十嵐が妹っていうのはなんか……想像がつかないな……」
話を逸らす。倉伊はくすっと笑った。
「五十嵐さんはいいお姉さんって感じだよね。弟思いでさ。家族がいるの、羨ましいよ」
ずき、と胸が痛む。倉伊の唯一の肉親である母親は、倉伊自身が殺したという話だった。
倉伊は何を思って生きているのだろう。
「あ、そうそう、咲原くん、同調抑制の薬、飲んだ方がいいよ」
「あ、知実さんから預かってるんだった」
「うん、さっきから、心の声駄々漏れだからね」
「え」
そういうことは早く言ってくれないかな、倉伊くんや。




