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虚飾の勇者たちへ二倍の死を:追放された刻印術士の惨虐なる復讐  作者: solune


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第9話:『神聖の終焉』

王都アスタロトの空を焼き払うような朝焼けは、徐々に濁った灰色の雲に覆われ、白亜の街並みに不吉な陰影を落としていた。


大広場に残されたのは、もはや言葉を失った数万の民衆と、泥と自らの血液の中で絶望の泡を吐くかつての「英雄」と「聖女」の惨めな残骸であった。


両腕を爆砕され、脊椎を打ち砕かれて泥の池に浮くレオンハルト。外傷一つない美しい身体のまま、体内の三十本の針によって二百倍の知覚過敏ループを叩き込まれ、全神経網を焼き切られて白目を剥いたまま動かないセレスティア。


帝国の誇る「完璧なる神話」は、二人の復讐者の手によって、ただの血塗られた虚飾へと完全に解体されたのだった。


だが、クラウスの歩みは止まらない。


ズン……、ズン……。


黒銀の魔導義足が、濡れた石畳を踏みしめて重厚な金属音を響かせる。


その隣には、黒いローブの裾を風になびかせ、背中から四本の白銀の魔導アームを静かに揺らす少女、エレノアが寄り添っていた。ふたりの視線は、広場の瓦礫を超えた先――王都の中心にそびえ立つ、神聖帝国の最深部『神聖大聖堂』の巨大な尖塔へと向けられていた。


「マスター……。大聖堂の内部から、絶え間なく膨大な魔力が汲み上げられています」


エレノアが静かな声で告げた。彼女の背中の魔導アームの先端が、大気中に渦巻く高密度の神聖魔力を感知し、キィンと不気味な共鳴音を立てていた。


「ああ。カイの爆死、レオンハルトの自滅、セレスティアの発狂……。彼らが手足となって集めていた『生贄のエネルギー』の供給が絶たれたことで、本丸が動き始めたんだ」


クラウスは黒銀の右手で、己の胸の『共鳴・等価倍加の刻印』にそっと触れた。


第一の仇・カイ、第二の仇・レオンハルト、第三の仇・セレスティア。彼らを理詰めで破滅させ、彼らが最期に放出した絶望と過剰魔力を完璧に回収・吸い上げたことで、クラウスとエレノアの『共鳴刻印』は、かつてないほどの高密度な変換効率を獲得していた。


ふたりの血脈と魔力回路は完全にひとつへと結びつき、帝国全体の魔導システムそのものを侵食・書き換えるだけの圧倒的な「演算規模」に達していたのだ。


「行くぞ、エレノア。個人への報復は終わった。……次は、あいつらを産み落とし、欺瞞の光で世界を支配してきた『神聖帝国アスタルゴ』というシステムそのものの解体だ」


「はい……マスター」


ふたりは大広場の混迷と静寂を後にし、大聖堂へと続く純白の巨石階段を静かに上り始めた。


『神聖大聖堂』。


外観は、巨大な大理石の柱と金箔の装飾で飾られた、神聖にして荘厳なる信仰の殿堂であった。しかし、重厚な鉄の二重扉を押し開き、内部へ足を踏み入れた瞬間、そこに漂っていたのは神聖さなどではなく、不快な薬品の臭いと、高圧の魔導器具が発する特有のオゾン臭であった。


広大な礼拝堂には、誰一人として信徒の姿はなかった。


整然と並べられた木製のベンチの隙間を縫うように、極太の黒い魔導ケーブルが這い回り、それらが壁面の豪華な聖画の後ろへと吸い込まれている。


その奥――祭壇の後方に設置された巨大な十字架が、重々しい地響きと共に滑り開き、地下へと続く深い回廊の入口が口を開けていた。


『教皇庁直属・絶対聖域結界領域』。


帝国の最高指導者である教皇ルキウスが君臨し、歴史の裏側で国家全体の魔力バランスを制御してきた、暗黒の中枢であった。


「止まれ! 大不敬の罪人どもッ!」


回廊の闇の中から、怒号と共に姿を現したのは、純白の全身鎧に身を包んだ三十名を超える集団であった。


教皇庁の最精鋭部隊――『聖導審問騎士団』。


彼らは一律に、一国を滅ぼせるレベルの聖導強化魔法を身に纏い、手には巨大な神聖槍(スパイク・ランス)と大盾を構えていた。その全身からは、血塗られた殺気と、教皇への絶対の洗脳的忠誠心が溢れ出ていた。


「不具者の刻印術士と、破棄された欠陥品め! レオンハルト様やセレスティア様を謀略で陥れ、王都を混乱に陥れた悪魔ども! 教皇ルキウス様がおわすこの聖域に、その汚い義足で足を踏み入れることは許さん!」


審問騎士団の隊長が槍を掲げ、怒号を響かせた。


次の瞬間、三十名の騎士たちの足元に、一斉に巨大な黄金の魔法陣が展開された。


『聖導・軍団無敵陣(レギオン・イージス)』。


三十人の魔力回路を同調・連結させ、一人ひとりの物理耐久力と魔法抵抗力を一千倍へ引き上げる、帝国最強の集団防壁術式であった。彼らの身に纏う白銀の鎧が、まるで太陽のように眩しい黄金の光を放ち始め、周囲の空気の質量そのものが押し潰されるほどの圧力を生み出す。


「死ねぇッ! 神の天罰を受けよッ!」


三十名の重装騎士が、完璧な車輪の陣形を組み、音速を超える速度で突進を開始した。


槍の先端から放たれる黄金の波状攻撃が、地下回廊の石壁を粉々に粉砕しながら、クラウスとエレノアを圧殺せんとし寄せる。


一見すれば、個人の武力では絶対に突破不可能な、国家レベルの鉄壁の突撃。


しかし――クラウスの表情には、一筋の警戒すら浮かばなかった。


彼の黒い瞳の中で、三十人の騎士たちが連結させた『軍団無敵陣』の魔力伝達構造が、透明な光の計算式となって一瞬で解体・解析されていく。


(カイの結界と同じだ。……効率と強度を追求するあまり、全員の魔力回路を『単一の並列回路』として完璧に繋ぎ過ぎている)


クラウスは冷酷に、思考を加速させた。


(全員が魔力を共有しているということは……どこか『一箇所』に極大の過剰負荷(エラー)を流し込めば、その過剰負荷は回路を通じて三十人全員の脳と魔力炉へ、一瞬で等しく伝播するということだ)


「エレノア」


「はい、マスター」


エレノアの背中から伸ばされた四本の白銀の魔導アームが、前線へと滑らかに躍り出た。


アームの先端の針が、襲い来る審問騎士団の『陣形の中心点』――隊長の神聖槍の先端へと、寸分の狂いもなく接触した。


ガギィィィィィンッ!


激しい火花が散り、三十人分の全魔力が集約された衝撃波が、エレノアのアームへと叩きつけられる。


その瞬間。


クラウスの胸の『共鳴・等価倍加の刻印』が、黒と金の二色で苛烈に発光した。


発動――『軍団回線伝播・等価倍加』。


(入力受容:三十人分の軍団強化魔力、約四万ユニット。突進による総物理質量、二万ニュートン)


(対価設定:過去に俺が勇者パーティ全体から受けた、集団による裏切りと四肢破砕の精神・肉的損害)


(コンバート――入力エネルギーを完全保存。二倍の『八万ユニット』および『四万ニュートン』の過剰負荷へ増幅。連結回路を通じて全対象へ逆流伝播)


クラウスが仕掛けたのは、集団戦における最悪の自家中毒(ループ爆破)であった。


騎士たちが誇る『軍団無敵陣』の共有回線を逆利用し、入力された二倍の莫大な破壊エネルギーを、三十人全員の体内へ一気に送還したのだ。


――ズガガガガガガガガガガガッッッッ!!!!!!!!


地下回廊に、凄惨極まる肉体破砕の連続音が響き渡った。


突進していた三十名の審問騎士たちの白銀の鎧が、内側からの過剰な圧力に耐えかねて、次々と風船のように膨らみ、そして一斉に爆発した。


「ガあぁぁぁぁぁぁっ!?」「グギャアアアアアアアッ!?」


絶叫が重なる。


二倍に増幅された八万ユニットの過剰魔力が、三十人の体内の魔力経路を逆流し、彼らの心臓、肺、脳の神経回路を一瞬で蒸発させた。


さらに、四万ニュートンの二倍物理衝撃が彼らの全身の骨格を直撃し、大腿骨、肋骨、腕骨が内部で砕け散り、鋭い骨片となって彼ら自身の肉を突き破り、鎧の隙間から肉片となって吹き出した。


ドサドサドサドサッ!


わずか一秒。


帝国最強と謳われた審問騎士団三十名は、自らが放った全開の強化魔力の二倍の反動に自滅し、絶命した肉塊となって回廊の石畳の上に転がったのだった。


血の海が広がり、壁面を赤く染め上げる。


クラウスとエレノアは、その死体の山を、一瞬の視線すら送ることなく静かに踏み越えていった。


黒銀の義足が、濡れた血溜まりを踏みしめるたびに、重い足音が奥へと消えていく。


回廊を最深部まで下り切った先に現れたのは、巨大な地下空洞であった。


そこは、王都の地下数百メートルに位置する、帝国の真の心臓部――『聖導中枢領域(アニマ・メインフレーム)』。


空洞の中央には、高さ三十メートルにも及ぶ、巨大な透明な古代水晶コア『アスタルゴ神聖核』が鎮座していた。


その巨大な水晶の中には、純白の神聖魔力……ではない、どす黒い赤と黄金が混ざり合った、おどろおどろしい「生のエネルギー」が、濁流となって渦巻いていた。


そして、その水晶コアの表面には、数百本の太い魔導管が接続されており、それらの管は天井を突き抜け、王都全域、さらには神聖帝国アスタルゴの全領土へと根の如く張り巡らされていた。


クラウスの『解析の刻印』には、そのシステムの真の構造が、恐ろしい精度で可視化されていた。


(……見つけたぞ。これが、帝国の『聖なる加護』の正体か)


クラウスの口元に、冷酷な嘲笑が浮かんだ。


帝国が民衆に提供していた「病を癒す奇跡」「魔物を寄せ付けない神聖結界」「豊作をもたらす恵み」。そのすべてのエネルギーは、神の祝福などではなかった。


この巨大な『アスタルゴ神聖核』を通じて、帝国全土の民衆から無意識のうちに「生命力」と「感情エネルギー」を微量ずつ永久に吸い上げ、さらに生贄として捧げられた者たちの魂を「高濃度燃料」として精製・循環させる、巨大な生体搾取永久機関(プラント)だったのだ。


民衆は、自分たちの命を吸い上げられているとも知らずに教皇庁を拝み、教皇庁はその吸い上げたエネルギーの一部を「奇跡」として民衆に返却することで、永久的な支配を確立していた。


そして、この狂気のシステムの最前線に立ち、教皇庁のために「上質な燃料(生贄)」を回収していたのが、あの勇者レオンハルトや聖女セレスティアたちだったのである。


「……見事な解体眼だな、刻印術士クラウス」


暗闇の奥、巨大な水晶コアの直下に設置された金の玉座から、重々しい老人の声が響いた。


ゆっくりと立ち上がったのは、最高級の金糸と紫の絹で飾られた教皇法衣を纏い、手に神聖な杖『天帝の権杖』を握る老者――神聖帝国アスタルゴ最高指導者、教皇ルキウスであった。


彼の齢は八十を超えているはずであったが、その肌にはシワ一つなく、瞳は黄金色の魔力で不気味に光り輝いていた。この『アスタルゴ神聖核』から絶え間なく吸い上げられる生命力を直接自らに注入し、不老長寿を得ていたからだ。


教皇ルキウスは、足元に広がる惨劇の報告――カイの死、レオンハルトの破滅、セレスティアの発狂を知りながらも、その顔には驚きも怒りすらも浮かべていなかった。


そこにあったのは、絶対の支配者としての、冷酷極まる「見下し」だけであった。


「レオンハルトも、セレスティアも、カイも……所詮はこの『神聖核』を維持するための、使い捨てのパーツに過ぎん」


教皇ルキウスは杖を軽く突き、冷笑した。


「愚かな民衆に希望を与え、効率よく生贄を収穫するための道具。……お前がそれらを破壊したところで、この『アスタルゴ神聖核』がある限り、余はいくらでも新しい勇者や聖女を造り出すことができる」


「そうか」


クラウスのトーンは、どこまでも冷たかった。


「お前は、このシステムが絶対であり、自分自身が世界の神として永遠に君臨できると信じているわけだ」


「信じているのではない。これが『世界の理』なのだ」


教皇ルキウスは両腕を広げ、背後の巨大な水晶コアを誇らしげに仰いだ。


「弱者は強者のために命を捧げ、強者はシステムを維持することで世界に秩序をもたらす。……お前が受けてきた絶望も、四肢を奪われた痛みも、すべてはこの大いなる国家システムの調和のための『小さな犠牲』に過ぎんのだよ、クラウス!」


教皇は手に持つ『天帝の権杖』を掲げた。


巨大な水晶コア『アスタルゴ神聖核』が、ゴオオオオオオオッ! と地鳴りを立てて共鳴し始め、帝国全土から汲み上げられた数百万の生命力と不浄な魔力が、教皇の身体へと一気に集約されていく。


教皇の周囲に、空間を押し潰すほどの極大の聖導結界が展開された。


一国の軍隊すら一瞬で消滅させる、神の如き絶対の力。


しかし――クラウスは、黒銀の義手を静かに前に突き出した。


「教皇ルキウス」


クラウスの胸の『共鳴・等価倍加の刻印』が、黒と金の二色で不吉に脈動する。


「お前が誇るその『絶対のシステム』……。今からその内部回路に、俺たちの『二倍の絶望』を直接伝播(感染)させてやる」


ご都合主義の破壊などではない。


帝国全土を網羅する巨大な魔力循環システムそのものを利用し、そこへ「等価倍加のバグ」を流し込むことで、システム全体を内側から自壊させる、理詰めの破滅シークエンス。


復讐の最終段階の歯車が、静かに、そして苛烈に噛み合い始めた。


『アスタルゴ神聖核』――高さ三十メートルに及ぶ透明な古代水晶コアの中で、濃密な血の赤と黄金が渦を巻く。


その巨大な核から伸びる何百本もの魔導管が、不気味な脈動と共に、帝国全土から吸い上げた生命力と生贄の情念を汲み上げていた。地響きのような低音が地下空洞に満ち、大気が高圧の魔力で歪んで歪曲していく。


「見よ! これが神聖帝国アスタルゴの真の姿だ!」


金の玉座の前に立つ教皇ルキウスが、『天帝の権杖』を天へと掲げ、狂気的な高笑いを上げた。


「民衆は己の生命力を捧げることで安寧を得、我ら聖職者はそれを束ねて世界に絶対の秩序をもたらす! この完璧な循環システムこそが、神が与えし絶対の真理! それを破らんとする者など、ただの理不尽な害虫に過ぎん!」


教皇が手に持つ権杖の先端から、眩いばかりの黄金の光芒が溢れ出た。


『アスタルゴ神聖核』から直接汲み上げられた数十万ユニットの聖導魔力が、教皇の身体を経由し、彼を中心に幾重もの幾何学ドームを形成していく。


『神聖絶対不可侵領域(ジ・アブソリュート)』。


物理攻撃、概念干渉、精神攻撃、あらゆる事象の侵入を「全エネルギー相殺」によって拒絶する、教皇庁最高の防御術式。


「消え去れ! 身の程知らずの不具者どもめ! 『神罰・極光万雷(サンクチュアリ・ブレイズ)』!」


教皇が権杖を振り下ろした瞬間、天井の古代水晶から、束となった巨木の如き黄金の極光が、クラウスとエレノアを目がけて降り注いだ。


空気が一瞬で一万度以上に加熱され、石畳が融解してマグマの池へと変わる。一国の首都を丸ごと消滅させられるほどの圧倒的な物理質量と熱量。


しかし――。


クラウスは避けない。驚きも、恐れもしない。


彼の『解析の刻印』を宿した黒い瞳の中では、迫り来る極光の熱量や質量ではなく、それを生み出している『アスタルゴ神聖核』のエネルギー循環の「入力と出力の構造式」だけが、透明な可視データとして処理されていた。


(教皇が放つ魔術の威力は、すべてあの『神聖核』の吸入ラインに依存している)


クラウスの脳内で、冷徹な計算の歯車が高速で噛み合っていく。


(帝国全土の民衆から微量の生命力を吸い上げ、核の中で濃縮し、教皇の権杖へと送出する。……つまり、あの巨大な水晶コアは、常に巨大な『負圧(吸引力)』を外部へと放ち続けているということだ)


クラウスは、隣に立つエレノアの手をそっと握り締めた。


「エレノア」


「はい……マスター」


エレノアの銀色の瞳が、クラウスを見つめる。


彼女の背中から展開された四本の白銀の魔導アームが、力強い音を立ててエレノアの胸元を包み込むように交差した。


「教皇はお前や孤児たちを『使い捨てのパーツ』と言ったな」


「はい……」


「見せてやろう。……そのパーツだと見下していた存在の記憶と負債が、奴の愛するシステムを如何にして壊滅させるかを」


クラウスとエレノアの胸の『共鳴・等価倍加の刻印』が、同時に黒と金の眩い光を解き放った。


ふたりの生命、感情、そして激痛の記憶が、完全にひとつへと同調(シンクロ)する。


迫り来る『神罰・極光万雷』の黄金の光芒が、二人の数メートル手前まで肉薄した、その瞬間――。


クラウスは黒銀の右義手を前へと突き出し、その掌を『アスタルゴ神聖核』の巨大な吸入魔導管へとダイレクトに向けた。


「等価倍加・システム伝播――『負債の強制注入(バグ・インジェクション)』」


――ズクンッ!!


二人の胸の刻印から、黒と金の不吉な稲妻が爆発的に解き放たれた。


それは、迫り来る教皇の極光魔法を攻撃するための光ではない。


教皇が足元で稼働させている『アスタルゴ神聖核』の吸入ライン――何百本もの魔導管へ向けて、直接打ち込まれた「毒のプログラム」であった。


注入されたデータ。


それは、クラウスが迷宮最深部で仲間たちから与えられた「裏切りと四肢破砕の激痛」。


エレノアが地下実験棟でセレスティアから与えられた「背骨削りと脳幹穿孔の恐怖」。


そして、犠牲になった数千の孤児たちと民衆が、教皇庁によって命を削り取られた際の「死に際の絶望の記憶」。


それらすべての怨念と激痛のデータを、クラウスは『等価倍加』のロジックによって「入力魔力を自動的に二倍の過剰負荷へ変換するアルゴリズム」へと昇華させ、神聖核の吸入システムへと直接噛み合わせたのだ。


チリ……ッ。


『アスタルゴ神聖核』の中で渦巻いていた血と黄金の不浄な液体の色が、一瞬にして禍々しい黒金へと染まり変わった。


そして――絶大な異変が勃発した。


教皇が放った『神罰・極光万雷』の極光が、クラウスたちに激突する直前で、まるで巻き戻されるフィルムのように、一瞬で消滅したのだ。


「なに……!? なにが起きた!?」


教皇ルキウスの顔が、初めて驚愕に歪んだ。


彼が手に持っていた『天帝の権杖』を通じて、身体へとなだれ込んできていたはずの神聖魔力が、突如として途絶えた。


それどころか――。


ゴオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!


巨大な水晶コア『アスタルゴ神聖核』が、空間全体を激震させるほどの狂乱した咆哮を上げ始めた。


クラウスが注入した「倍加の不具合」が、神聖核の持つ超巨大な吸引力と融合し、物理法則の悪夢を開始したのだ。


神聖核は、帝国全土から生命力を吸い上げようとする。


しかし、吸い上げられた生命力は、核を通過した瞬間にクラウスの『等価倍加』のロジックによって「二倍の過剰負荷(バグ・エネルギー)」へと強制変換される。


二倍になったエネルギーは、核の許容量(キャパシティ)を瞬時にオーバーフローさせ、逃げ場を失って、神聖核に接続されている「すべてのライン」へと逆流を開始した。


「な……なんだこれは……!? 魔力が……魔力が逆流してくるだと!?」


教皇ルキウスの手に握られた『天帝の権杖』が、バチバチと激しい黒金の火花を吹き散らし始めた。


教皇がシステムを通じて魔力を制御しようとすればするほど、神聖核は「二倍の過剰相殺」を発生させ、その二倍になった破壊エネルギーが、権杖を通じて教皇自身の肉体へとなだれ込んでくるのだ。


「く……ぐあぁぁっ!? 離れん! 権杖が手から離れん!?」


教皇が悲鳴を上げた。


『天帝の権杖』を通じて逆流してきた数百万ユニットの過剰魔力が、教皇の右手の皮膚と筋肉を瞬時に炭化させ、杖の柄へと肉を死着(接着)させてしまったからだ。


「教皇ルキウス」


クラウスの冷徹な声が、地鳴りの響く地下空洞に落ちる。


「お前は言ったな。……このシステムこそが『完璧な循環』であり『絶対の真理』だと」


「お……お前……! お前は何をしたクラウスぅぅぅっ! 神聖核に何を流し込んだぁぁぁっ!」


「お前たちが世界から貪ってきた……『搾取のツケ』を返却しただけだよ」


クラウスは黒銀の義手を突き出したまま、氷の笑みを浮かべた。


「お前たちが民衆から吸い上げ、生贄たちから奪ってきた命と激痛。……それらをアルゴリズムに変換し、お前の愛する神聖核へ『二倍の過剰負荷』として組み込んだ」


「な……なにぃぃぃッ!?」


「お前が魔力を汲み上げれば汲み上げるほど、このシステムはお前の肉体と、帝国全土の教皇庁施設へ『二倍の過剰反動』を叩き返し続ける。……お前を破滅させるのは俺の攻撃ではない。お前自身が創り上げた搾取システムそのものだ」


ご都合主義の破滅などではない。


教皇ルキウスが八十年にわたって創り上げ、全世界を縛り付けてきた生体搾取システムそのものが、クラウスの仕掛けた二倍のバグによって「自家中毒の巨大な暴走炉」へと変貌を遂げたのだ。


――ドガァァァァァァンッ!!!!


第一の破裂。


『アスタルゴ神聖核』から伸び、天井を突き抜けて王都全域へと伸びていた何百本もの魔導管が、内側から二倍に膨れ上がった過剰エネルギーに耐え切れず、一斉に大爆発を起こした。


ズバババババババババッ!


緑色と黄金色の過剰魔力が、管を破って全方位へと噴出し、地下空洞の天井を崩落させていく。


さらに、その魔導管を通じて、教皇庁が各都市に設置していた神聖結界塔や、聖導騎士団の駐屯地の魔力炉へと、二倍の過剰負荷が一瞬で「感染・伝播」していった。


王都のみならず、神聖帝国アスタルゴ全土の教皇庁施設で、魔力炉が次々と逆流爆発を起こし、偽りの神聖結界がガラガラと音を立てて崩れ去っていく。


教皇庁が隠してきた不浄な生贄の記憶と、過虐のデータが、破裂した魔導管を通じてホログラムの如く各地の空へと漏れ出し、帝国全土の民衆の目の前で「教皇庁の真の闇」が暴かれていった。


「あ……あぁぁぁぁ……っ! 私の……私の王国が……私のシステムがぁぁぁぁっ!」


教皇ルキウスは、血の涙を流しながら絶叫した。


彼が八十年かけて築き上げた絶対の支配体制、民衆を欺いてきた神聖な権威が、今まさに足元から完璧に瓦解していったのだ。


だが、惨劇はそれだけでは終わらなかった。


逃げ場を失った『アスタルゴ神聖核』の数百万ユニットの過剰エネルギーは、最も太い接続ライン――教皇ルキウスの握る『天帝の権杖』へと、怒濤の津波となって集中攻撃を開始したのだ。


――ガビビビビビビビビビビビッッッッ!!!!!!!!


「ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!????」


教皇ルキウスの口から、人間とは思えぬ惨痛の叫びが上がった。


数百万ユニットの過剰魔力が、彼の右腕を経由して、彼の全身の肉体へと流れ込んだ。


不老長寿。


教皇ルキウスは、神聖核から汲み上げた生命力によって、自らの細胞分裂を強制的に活性化させ、青年の如き若い肉体を維持していた。


しかし――二倍に膨れ上がった生命力と過剰魔力が彼の体内に流れ込んだ瞬間、その「不老長寿のメカニズム」が、最悪の方向へ狂い咲いたのだ。


過剰な生命力による、細胞の超爆発的増殖(異常癌化)。


「あがっ……!? 肉が……肉が勝手に膨らむぅぅぅぅっ!?」


教皇の右腕、胸、首筋、そして顔面の皮膚が、内側から巨大な瘤(こぶ)となって風船のように膨らみ始めた。


細胞が二倍、四倍、八倍の速度で異常増殖を起こし、彼の白銀の法衣を内側から引き裂いていく。


皮膚が破れ、内部の肥大化した血管と筋肉組織が、黒紫色の醜い肉塊となって外へと飛び出した。


しかし、次の瞬間――術式の『二倍の過剰相殺』が働き、暴走した細胞が一瞬で収縮・壊死(ネクローシス)を起こす。


急速な若返りと、急速な老朽化が、彼の肉体の中で一秒間に数百回の単位で交互に荒れ狂った。


皮膚がツヤツヤと若返った瞬間に、一瞬で枯れ木のように皺くちゃになり、そこから肉が弾けて腐敗し、再び新しい肉が蠢きながら生えてくる。


肉体の無限の破壊と再生のループ。


「熱い……! 痛い痛い痛い痛いっ! 体が……私の中身が腐って生えて弾けるぅぅぅぅっ!」


教皇ルキウスは黄金の玉座から転げ落ち、己の肥大化と壊死を繰り返す顔面を、血塗られた左手で掻きむしった。


触れた瞬間に自分の指が腐り落ち、次の瞬間には新しい指が生え変わって、再び過剰魔力で破裂する。


言語を絶する。あらゆる拷問を遥かに凌駕する、生命力そのものの暴走による地獄の肉体解体。


「助けて……! 助けてくれクラウス! 止めてくれぇぇぇっ! 余は……余は教皇だぞ! 神の代理人なんだぞぉぉぉっ!」


かつて神の如く威張っていた老者が、泥と自分の破裂した肉片の中で転がり、泣き叫び、自分が見下していた「補助職の不具者」に向かって、惨めに命乞いを始めた。


だが――クラウスの表情は、どこまでも冷ややかであった。


彼の手の中で、黒銀の義手が静かに握り締められる。


「教皇ルキウス」


クラウスの冷徹な声が、崩壊する地下空洞に響く。


「お前が神気取りで弄んできた生命の重みだ。……お前が吸い上げてきた数百万の命の二倍を……その醜い肉体で噛み締めろ」


「あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」


教皇の絶叫が最高潮に達した、その瞬間。


中心に鎮座していた三十メートルの古代水晶コア『アスタルゴ神聖核』が、過剰エネルギーの内部圧力に耐え切れず、限界を迎えた。


――パリィィィィィィィィィンッ!!!!!!!!


凄絶極まりない、水晶破砕の音が世界を揺るがした。


『アスタルゴ神聖核』が、無数の光の破片となって、一気に木っ端微塵に爆砕したのだ。


ドガァァァァァァンッ!


核の中に閉じ込められていた数百万の生命力と魂が、まばゆい光の濁流となって一気に解放され、地下空洞から天井を突き抜け、空へと向かって解き放たれていった。


吸い上げられていた民衆の生命力が、本来の持ち主たちへと還っていく。


そして――核の爆砕と同時に、権杖を通じて核と直結していた教皇ルキウスの肉体へ、最後の致死反動が叩き込まれた。


ドドガァァンッ!


教皇ルキウスの全身が、内側から膨れ上がった過剰魔力の爆発によって、一瞬で木っ端微塵に弾け飛んだ。


金糸の法衣の破片と、破裂した肉片が全方位へ散らばり、彼が座っていた金の玉座を赤黒く染め上げる。


神聖帝国アスタルゴ最高指導者、教皇ルキウスの、あまりにも惨めな自爆と完全なる消滅であった。


教皇の死と共に、地下空洞を支えていた聖導結界が完全に途絶えた。


ズズズズズズズ……ッ!


巨大な天井が崩落を始め、大理石の柱が次々と倒れ込んでいく。


帝国を支えていた暗黒の中枢『聖導中枢領域』は、己が蓄積してきた過虐のエネルギーによって、完璧に自壊・埋没していった。


その崩壊の渦中で。


クラウスとエレノアは、解放された生命力の光の雨の中で、静かに佇んでいた。


クラウスの胸の『共鳴・等価倍加の刻印』が、教皇の自滅とシステムの崩壊を完全に読み取り、静かにその光を収めていく。


個人の復讐。そして、その背後にあった国家システムの解体。


すべてが、ロジック通りに完遂されたのだ。


「……終わったな、エレノア」


クラウスが呟く。


「はい……マスター」


エレノアが、クラウスの黒銀の右手を、自分の両手でそっと包み込んだ。


彼女の銀色の瞳には、悲しみも恐怖もなく、ただクラウスと共に地獄を駆け抜け、すべてを解体し尽くした達成感と、確固たる生きる意味が宿っていた。


ふたりは崩落する地下空洞に背を向け、地上へと続く出口に向かって、静かに歩み出した。


ズン……、ズン……。


黒銀の義足が踏みしめる足音が、崩れ去る帝国の遺物の中に重く響く。


偽りの神聖秩序は終焉を迎え、世界は今、本当の意味での「ゼロ」へと戻ろうとしていた。

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