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虚飾の勇者たちへ二倍の死を:追放された刻印術士の惨虐なる復讐  作者: solune


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第7話:『虚聖女のメッキ』

王都中央大広場に立ち込めるのは、鉄の臭いと焦げた肉の死臭、そして数十万の群衆が発する重苦しい憎悪の気配であった。


両腕を破砕され、背骨を砕かれた勇者レオンハルトが、泥と自らの血の池の中で「ヒゅー……ヒゅー……」と不気味な気管の音を立てて倒れている。かつて神々の愛し子と称えられた黄金の男は、もはや自力で顔を上げることすらできず、ただの生ける肉塊へと成り下がっていた。


その惨劇の横で、泥と吐瀉物にまみれて四つん這いになり、必死に脱出を図っていた聖女セレスティアの前に、白銀の魔導アームが重々しく突き立てられた。


ドスンッ!


飛散した石畳の破片がセレスティアの頬を強く掠め、薄桃色の肌から朱色の血が滑り落ちる。


「ひゃうっ……!? ひいぃぃぃっ……!」


セレスティアは耳を劈く悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。


彼女が纏っていた最高級の絹と金の刺繍で飾られた聖衣は、投げつけられた腐った野菜と泥、そしてレオンハルトの返り血によって、凄惨なまでに汚れ果てていた。完璧に整えられていた金糸の髪は乱れ飛び、額には冷や汗と脂が滲み、優雅だった顔面には鼻水と涙と崩れた化粧が酷い斑模様を描いていた。


かつて「聖母の再来」と崇められ、清純な笑みで民衆を魅了した少女の面影は、どこにもない。そこにいたのは、自分の犯した罪の露見に怯え、死の恐怖にガタガタと歯を鳴らす、一人の醜悪な生体であった。


カツン……、カツン……。


重厚な金属音が、逃げ場のない石畳を踏みしめて近づいてくる。


黒い防寒コートを羽織り、右腕と両脚に黒銀の魔導義肢を装着した男――クラウス。


そしてその傍らに立ち、背中から四本の魔導アームを蠢かせる銀髪の少女――エレノア。


二人の影が、地上にへばりつくセレスティアの体を、死神の足跡のように覆い隠した。


「どこへ行く、セレスティア」


クラウスの声は、どこまでも平坦で、どこまでも冷たかった。


そこには、仇を目の前にした怒りも、復讐の昂ぶりすらも存在しない。ただ、あらかじめ組み立てられた解体工程に従って、淡々と処理を進める作業者の響き。


「ひっ……! や、やめて……来ないでちょうだい! 近寄らないで!」


セレスティアは惨めに尻餅をつき、割れた爪の指先で泥を掻きながら、後ずさろうとした。


しかし、彼女がどれほど足掻こうとも、広場を取り囲む数十万の民衆は、一人として彼女に救いの手を差し伸べようとはしなかった。


「あの女……子供たちを実験台にしていた悪魔だ……」


「可哀想な孤児たちを救うフリをして、裏で拷問して殺していたんだろ……!」


「偽つきの聖女を殺せ! 地獄へ叩き落とせ!」


広場から上がるのは、民衆からの殺意に満ちた怒号であった。かつてセレスティアが民衆へ向けさせていた「絶対の信仰」は、今や彼女を押し潰す巨大な刃となって反転していたのだ。


「民衆ども……黙りなさい! この卑しい豚どもがぁっ!」


セレスティアはヒステリックに叫び、民衆を睨みつけた。


「私が……私がどれだけあなたたち下民のために祈りを捧げてあげたと思っているのですか! 私がいなければ、あなたたちなど神の加護すら受けられずに死んでいたのですわよ! それなのに……それなのに、こんな泥を私に投げるなんて……恩知らずの獣どもがぁぁぁっ!」


セレスティアの本性が、隠しようもなく溢れ出していた。


彼女にとって、民衆とは自分の聖女としてのプライドを満たすための「記号」に過ぎなかった。


自分を讃える間は可愛がってやるが、一度でも自分に刃を向けた瞬間に、路傍の害虫と同等に見下す狂気。


セレスティアは、血の滲む手で自分の胸元を押さえ、目の前に立つクラウスを見上げた。


「く……クラウス! 解っているのでしょう!? 私を殺せば……私の背後にいる教皇様が黙っていませんわよ! 私は教皇庁の至宝……聖導魔法の最高傑作ですのよ! 私に傷一つでもつければ、神聖帝国のすべての聖騎士があなたを追い詰め、永遠に苦しませますわ!」


「そうか」


クラウスは短く返した。


彼の黒い瞳には、セレスティアの命乞いや脅迫など、最初から「計算外の雑音」としてしか処理されていなかった。


「セレスティア。お前は自分の聖導魔法と、自分の持つ『聖具』を何よりも愛していたな」


「え……?」


セレスティアの顔が、一瞬固まった。


クラウスの右手――黒銀の魔導義手が、防寒コートの内ポケットへと伸ばされた。


彼がそこから取り出したのは、一枚の古びた黒い金属板と、透明な魔導ガラスで造られた、一握りほどの小さな匣(はこ)であった。


その匣を目にした瞬間。


セレスティアの顔から、残されていた最後の血の気が引き、土気色へと変色した。


「そ……それは……っ!? なぜ……なぜあなたがそれを持っているのですの……!? 私の……私のプライベート・チェストの中身ですわよ……!?」


「なぜ、だと?」


クラウスの口元に、冷酷な薄笑いが浮かんだ。


「お前たちが奈落へ送った処分部隊の隊長バルト……。あいつが昇降機に乗せるはずだった『廃棄物』の中に、お前が実験棟から持ち出させていた裏の秘密物資が混ざっていたんだよ」


クラウスは魔導ガラスの匣を、指先で静かに撫でた。


匣の中には、何百本もの極細の銀色の針と、黄金の鎖が不気味に蠢いていた。


それこそが、セレスティアが私的に所持し、極秘裏の拷問や人体実験で好んで使用していた特級の「拷問用聖具」――『聖導神経衰滅の棘(スパイク・ルミナ)』であった。


『聖導神経衰滅の棘』。


表向き、聖導院の公式記録には「悪霊に憑依された者を救済するための、精神清め用聖具」と記載されている。


しかし、その真の構造は、悪魔の兵器であった。


この聖具から伸びる銀の針は、人間の体内に侵入すると、肉体を傷つけることなく知覚神経の軸索へと直接寄生・結合する。


そして、所有者が魔力を流し込むことで、対象の神経伝達物質を異常活性化させ、物理的な傷を与えることなく「脳が受け得る極限の激痛」を直接生成・注入する仕組みを持っていた。


外傷が残らない。


ゆえに、どれほど拷問しようとも、表面上は「無傷の美しい体」のまま、内部の精神と神経だけを完膚なきまでに発狂・解体することができたのだ。


セレスティアは、地下実験棟で買い集めた幼い孤児たちに対し、この『聖導神経衰滅の棘』を好んで使用していた。


子供たちが激痛のあまり涙と鼻水を流し、声が潰れるまで叫び転げる姿を、彼女は「神聖な清めの儀式」と称して、ワインを傾けながら鑑賞していたのだ。


そして……三年期前の迷宮最深部。


四肢を奪われたクラウスに対し、彼女が施した『超感覚祝福(ハイパー・センソリィ)』もまた、この聖具の術式理論を直に人間の生体魔力へ応用したものであった。


「お前は言ったな、セレスティア」


クラウスは冷たく語りかけた。


「『これはね、昏睡状態の患者の神経を強制的に叩き起こすための奇跡の術式なんです。これを重傷者に使うと……そよ風が触れただけでも発狂するほどの痛みを感じるようになるんですよぉ。もっと惨めに鳴いてくださいな!』……とな」


クラウスの言葉は、あの日セレスティアが漏らした一音一句のイントネーションまで完璧に再現していた。


セレスティアの体に、激しい寒気が駆け巡った。


「や……やめて……! 言わないで! 思い出させないでぇっ!」


「お前は他人に与える痛みを『エンターテインメント』として楽しんでいた。自分が安全な高みに立ち、絶対に傷つかない立場から、他人が惨めに泣き叫ぶ姿を愛でていたんだ」


クラウスは黒銀の右手で、ガラスの匣の封印刻印を、躊躇なく解除した。


パチン、と澄んだ音が響く。


中から溢れ出たのは、数十本の銀色の針――『聖導神経衰滅の棘』と、黄金の不吉なチェーンであった。


針は空気中に漂う魔力に反応し、まるで生き物のようにウネウネと空中で鎌首をもたげた。


「ひいぃぃぃっ! 下げて! それを私から遠ざけなさい!」


セレスティアは悲鳴を上げ、自分の顔を両手で覆い隠した。


自分自身が他人を痛めつけるために愛用してきた悪魔の道具。その恐ろしさを誰よりも理解しているからこそ、彼女の恐怖は限界を突破していた。


「安心しろ、セレスティア」


クラウスは、狂ったように震えるセレスティアを見下ろしながら、冷徹に作業を開始した。


「お前が作ったこの素晴らしい聖具を、無駄にするつもりはない。……俺はお前のために、この聖具の回路(アルゴリズム)を『改良』してやった」


「改……良……!?」


「そうだ」


クラウスの指先から、黒と金の『等価倍加の刻印』の魔力が伸び、銀の針群へと注入された。


チリチリチリ……ッ!


銀色だった針の表面が、不気味な黒金の幾何学模様で侵食されていく。


クラウスが施したのは、ご都合主義な破壊ではない。


純然たる「術式書き換え(クラッキング)」であった。


本来、この聖具は「所有者が意図的に魔力を送ることで、対象に痛みを注入する」という一方向の操作形態を持っていた。


しかし、クラウスが『等価倍加』のロジックを組み込んだことで、その作動条件は完全に逆転・改変されたのだ。


「説明してやろう、セレスティア」


クラウスは、淡々とその改変された術式理論をセレスティアに読み聞かせた。


「第一に……この針の指向性を『お前自身の生体魔力と波長』にのみ永久固定した。……もはや、この針はお前以外の人間には反応しない」


「な……なんですって……!?」


「第二に……作動トリガーの書き換えだ」


クラウスの瞳に、極低温の殺意が宿る。


「この針は、お前自身が『魔法を使おうとした時』……あるいは『命乞いをしようとした時』……そして何より『お前自身の心臓が恐怖で激しく脈打った時』に自動発動する」


物理的なスイッチなどない。


セレスティア自身の生体反応――彼女が恐怖を感じ、心拍数が跳ね上がり、アドレナリンが分泌されればされるほど、その生体電流を感知して、針が彼女自身の神経へ自動的に突き刺さるシステム。


「そして第三に……『等価倍加』の適用だ」


クラウスは、冷酷な回答を提示した。


「お前が過去に孤児たちへ与えてきた痛みの記憶……そして、あの日俺に与えた『神経百倍増幅の激痛』。……それらの数値を保存し、この針が作動するたびに『二倍の知覚過敏』として、お前自身の脳髄へ直接フィードバックさせる」


恐怖を感じれば感じるほど、針が深々と神経に刺さる。


針が刺されば激痛が走り、その激痛によってさらに恐怖が増大し、心拍数が跳ね上がる。


そして跳ね上がった心拍数が、さらに次の針を起動させ、二倍の激痛を永久にループ生成し続ける。


自家中毒による、無限の激痛の永久機関(ループ構造)。


「ひ……ひぎぃぃぃぃぃっ! 嫌……嫌よ! そんなの……そんなの悪魔の嫌がらせですわぁぁぁっ!」


セレスティアの顔は絶望で完全に崩壊した。


自分が作らせ、楽しんできた拷問具が、クラウスの精密な刻印術によって「自分を永久に拷問し続ける完璧な自爆装置」へと書き換えられたのだ。


「さあ……お前の愛した聖具の使い心地を、自らの体で確かめろ」


クラウスが指先を軽く弾いた。


黒金に染まった『聖導神経衰滅の棘』が一斉に空を舞い、逃げ惑うセレスティアの肉体へと向かって飛び立った。


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」


セレスティアの悲絶な叫び声が、王都中央大広場にどこまでも空景に響き渡った。


黒金に染まった数十本の銀針――『聖導神経衰滅の棘』が、夜空の赤けた光を吸い込んで妖しく明滅した。


それは蜂の群れのように空中を鋭く旋回すると、悲鳴を上げて逃げ惑うセレスティアの肉体へ向け、一斉に飛び立った。


「いやぁぁぁぁぁぁっ! 来ないで! 刺さないでぇぇぇっ!」


セレスティアは泥に顔を押し付け、爪が割れるのも構わず石畳をかきむしった。しかし、クラウスによって『お前自身の生体魔力と波長』に完全固定された針群から、彼女が逃れられるはずもなかった。


――チリ、チリチリッ。


針は、彼女が着用する豪華な聖衣の布地をすんなりと透過した。衣服を破ることも、皮膚に傷をつけることもない。高密度の聖導魔力で構成された無機質な針は、人間の表皮や筋肉組織をすり抜け、その深部――血管に沿って走る主要な知覚神経節、脊髄神経束、そして脳幹付近の神経交差点へと、滑らかに潜り込んでいった。


「ひ……っ!?」


セレスティアの動きがピタリと止まった。


痛みはない。外傷もない。しかし、己の肉体の内側、骨の髄と神経の根幹に、無数の異物が滑り込み、ピタリと固着したという決定的な「侵入感」だけが鮮明に伝わってきた。


首筋、両肩、背骨に沿った三十か所の神経節、そして両手足の末端神経。


すべての重要拠点に、黒金に侵食された針が『生体錨(アンカー)』を打ち込み、彼女の神経系と完全に一体化したのだ。


「あ……あ……あ……っ」


セレスティアの瞳孔が、極度の恐怖で極限まで収縮した。


彼女は知っていた。自分が孤児たちを虐待するために造らせたこの聖具が、一度神経へ結合すればどのような惨劇を引き起こすかを。


(逃げなきゃ……! 動いちゃダメ……! 息をしちゃダメ……!)


恐怖。


その感情が芽生えた瞬間、彼女の肋骨の裏で、心臓が「ドクンッ!」と激しく跳ね上がった。


脈拍の上昇。副交感神経から交感神経への急激な切り替え。アドレナリンの分泌。


それが――クラウスの仕掛けた最悪の起動スイッチ(トリガー)であった。


――キイィィィィィィン……ッ!


セレスティアの肉体の内側で、耳を劈くような高周波の魔導励起音が響いた。


彼女の心臓の鼓動を直接の動力源(ジェネレーター)として取り込み、神経に固着した三十本の針が一斉に起動したのだ。


(あ――)


声になる前の悲鳴が、彼女の喉に詰まった。


次の瞬間。


言語を絶する。この世界のあらゆる拷問器具を集めても再現不可能な「二倍の知覚過敏」と「過去の激痛データ」が、彼女の脳髄へと一気に直接流し込まれた。


――ガビビビビビビビビビビビッッッッ!!!!!!


「ひがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!?????」


王都中央大広間に、人間が放つものとは思えぬ凄惨な狂乱の絶叫が轟き渡った。


セレスティアの体が、まるで強力な電流を流されたかのように、海老反りになって石畳の上で大きく跳ね上がった。


外傷は一切ない。皮膚はどこまでも美しく、薄桃色の聖衣も破れてはいない。


しかし、彼女の視界の中では、世界全体が純白の激痛の光で焼き尽くされていた。


クラウスが迷宮最深部で彼女の『超感覚祝福』によって味わわされた「神経伝達効率百倍」の激痛。


そよ風が触れただけでも脳の血管が焼き切れるほどの過剰知覚。


それが、クラウスの『等価倍加』によって「二倍」――すなわち『二百倍の神経伝達拡張』へと強化され、彼女自身の脳へと直接叩き込まれていたのだ。


自身の着ている聖衣の布地が皮膚に擦れる摩擦が、まるで赤く熱した鉄線で全身の皮膚を削ぎ落とされているかのような激痛となって脳を灼く。


口の中の唾液が粘膜に触れる感触が、高濃度の硫酸を口に含まされたような激痛となって喉を切り裂く。


そして、吸い込んだ大気の冷気が、何万本もの氷の針で肺胞を直接突き刺されるような絶望的な苦悶となって彼女を打ちのめした。


「痛い痛い痛い痛い痛いっ! 熱い熱い熱いっ! 誰か! 誰か私の中身を抜いてぇぇぇぇぇっ!」


セレスティアは泥の中で転がり、自分の首や胸をかきむしろうとした。


しかし、自らの指先が皮膚に触れた瞬間、二百倍に跳ね上がった知覚過敏がその接触を「高圧プレス機で押し潰される激痛」へと変換し、彼女の自傷行為すらも激痛の増幅材料へと変えていった。


さらに――最悪のフィードバックループが、彼女の肉体の中で完璧に回転し始めた。


激痛によって彼女の叫び声が大きくなり、呼吸が乱れ、心臓が「ドクドクドクドク!」と暴走するように速くなる。


そして、その跳ね上がった心拍数と生体電流を感知して、体内の『聖導神経衰滅の棘』がさらに出力を跳ね上げ、より深い二倍の知覚過敏を生成する。


地獄の自給自足。


彼女が叫べば叫ぶほど、彼女が怯えれば怯えるほど、彼女が生きようと心臓を動かせば動かすほど――激痛の出力は天井知らずに跳ね上がり、彼女の神経系を内側から焼き尽くしていくのだ。


「あぁぁぁぁっ! 心臓がっ! 私の心臓が打つたびに痛いぃぃぃっ! 死ぬ! 私、痛さで死んじゃうぅぅぅっ!」


セレスティアは涙と鼻水を血と混ぜ合わせながら、地面に額を何度も叩きつけた。


だが、どんなに苦しくても、彼女の意識が遠のくことはなかった。


針の術式の中には、彼女がショック死や気絶によって痛みから逃れることを許さない『意識強制固定回路』が組み込まれていたからだ。


どれほど激痛の閾値を超えようとも、彼女の脳は極限まで冴え渡された覚醒状態を維持させられ、痛みの全容を、一ミリの誤差もなく克明に噛み締めさせられ続けていた。


その地獄の惨劇を、クラウスは冷ややかに、黒銀の義手をポケットに突っ込んだまま見下ろしていた。


「……三分経過だ、セレスティア」


クラウスの声が、二千倍の知覚過敏に晒されている彼女の脳内へ、鉄の槌のように響き渡る。


「お前はあの地下実験棟で、孤児たちにこの針を刺し、何時間もその絶叫を楽しんでいたな。……自分が与えた痛みの味は、どうだ?」


「ひ……ひぎぃぃっ! クラ……ウス……っ! お願い……助けて……っ!」


セレスティアは激痛で白目を剥き、失禁しながらも、泥の上を這ってクラウスの足元へ近づこうとした。


彼女のプライド、聖女としての誇り、教皇の娘としての威厳――そんなものは、この二倍の知覚過敏の前に完全に砕け散っていた。


彼女はクラウスの黒銀の義足の靴底に、血と反吐に塗れた自分の顔を押し付け、泥を啜りながら見苦しく命乞いを始めた。


「謝るわ! 謝りますからぁぁぁっ! 私……私が間違っていたの! あなたを奈落へ捨てたのも、子供たちを実験台にしたのも、全部全部私が悪かったのよぉっ!」


セレスティアは言葉を吐き出すたびに、声帯の振動が神経を灼く激痛に泣き叫びながらも、必死で言葉を繋いだ。


「だから抜きなさい! この不快な針を私から抜きなさい! なんでも話しますわ! 教皇庁の秘密も、教皇様が企んでいる『神聖降臨の裏儀式』の全貌も、全部あなたに教えて差し上げますから! 私の持っている財産も、権力も、この体だって……全部あなたの好きにしていいわ! だから……だから痛みを止めてぇぇぇっ!」


惨め。あまりにも惨めな命買収の訴え。


かつて自分の美しさと聖女の権威を誇り、他者の命を豚の如く扱っていた女が、いまやクラウスの靴の底を舐め回しながら、自分のすべてを投げ打って救いを乞うていた。


王都大広場を取り囲む数十万の民衆は、その聖女のあまりにも醜悪な崩壊劇を、冷たい蔑視の目で見つめていた。誰一人として同情の声を上げる者はいない。


クラウスは、靴底にへばりつくセレスティアの顔を、不快そうに一瞥しただけだった。


「お前の差し出す秘密も、財産も、身体も……俺にとっては、泥以下の価値しかない」


クラウスは黒銀の義足を冷酷に引き抜き、セレスティアの差し出した手を踏みにじることすら拒絶した。


「お前は最後まで勘違いしているな。……俺はお前と交渉(取引)をしに来たのではない。取り立てに来たのだ」


「あ……あぁぁぁ……っ!」


「お前が俺に与えた『超感覚祝福』の過剰負荷……そしてお前が虐げた孤児たちの無念。……それらの負債が、二倍となって精算されるまで、お前に拒否権も、取引の余地もない」


クラウスの言葉と同時に、胸の『共鳴・等価倍加の刻印』が、さらに激しく黒金の光を放った。


セレスティアの体内に打ち込まれた『聖導神経衰滅の棘』が、第二段階の出力解放(オーバー・ドライブ)を起こす。


――ズガガガガガガガガガッ!


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!?????」


セレスティアの体が硬直した。


二倍に跳ね上がった知覚過敏が、彼女の脳神経を直接「高熱の油で揚げる」かのような極限の拷問を開始したのだ。


彼女の目、耳、鼻から、透明な体液と血が吹き出していた。


外傷はない。だが、彼女の内部の神経回路は、自分自身の心臓が吐き出すエネルギーによって、秒単位で完膚なきまでに破滅へと追いやられていた。


その傍らで。


クラウスの身体を、共有された過剰負荷が襲った。


ズクンッ!


セレスティアへ『二倍の返却』を行っている反動――彼女の肉体から発生する激痛の波形と、等価倍加のエネルギー負荷が、共鳴回路を通じてクラウスへと跳ね返ってきたのだ。


クラウスの視界が一瞬歪み、右肩の義手接合部から激しい火花が散る。


しかし、彼が体勢を崩すより早く、隣に立つエレノアがそっとその身体を抱き留めた。


――ジュウウウウウウウッ!


エレノアの胸の『共鳴刻印』が黄金色に輝き、クラウスの魂に押し寄せていた過酷な精神負荷と知覚反動の「半分」を、スムーズに彼女の体内へと吸引・分散させていく。


「っ……あ……ぁぅ……っ!」


エレノアの口から、甘く熱い吐息が漏れた。


彼女の白く美しい肌が赤く火照り、彼女の銀髪から汗の滴が落ちる。


セレスティアが発狂している「二倍の知覚過敏」の反動の半分が、エレノアの肉体へも流れ込んでいたのだ。


普通の人間に耐えられる負荷ではない。脳が破裂して即死する領域の知覚圧力。


だが――エレノアの銀色の瞳には、一切の苦痛の色はなかった。


彼女は自分の胸を強く抱きしめ、爪が食い込むほど肉を握り締めながら、クラウスの足元を見上げ、熱っぽい瞳で囁いた。


「マスター……っ! 感じます……! セレスティアが苦しんでいる……あの女があなたに与えた過酷な痛みが……私の中で美しく共鳴しています……っ!」


「エレノア……平気か」


「はい……っ! 平気です……! あなたの痛みを……あなたの復讐の代償を……私が引き受けている……! あぁ……私は、あなたの最高の刃です……!」


狂気と依存。


セレスティアによって自我を砕かれ、痛覚と存在意義を異常結合させられた少女。


彼女にとって、セレスティアを自滅させるこの二倍の激痛の共有こそが、自分を「モノ」から「人間」に変えてくれたクラウスへの、至上の愛の証であった。


ふたりの共鳴回路が完璧に機能し、セレスティアの自滅によって生み出される膨大な絶望の魔力が、精製されてクラウスの義体とエレノアの魔力炉へ吸収されていく。


一方――地獄のフィードバックループに閉じ込められたセレスティアの肉体は、いよいよ最終段階である「神経の完全焼失」へと向かっていた。


二十分間。


二百倍の知覚過敏の中で、自分の心拍数を動力源にして自らを拷問し続けた結果。


セレスティアの脳幹と主要神経網は、過剰な生体電流のオーバーヒートによって、物理的に焼き切れ、不可逆の壊死(ネクローシス)を起こし始めていた。


――チリ……ッ。


体内の三十本の針から放たれていた黒金の光が、徐々に弱まっていく。


セレスティアの叫び声が、不気味に小さくなっていった。


「あ……あ……ぁ……っ」


彼女の口から出ているのは、言葉ですらなかった。ただの、潰れた声帯から漏れる空気の音。


彼女の瞳からは知性の光が完全に消え去り、濁った黒い瞳孔が開いたまま、空虚に空を見つめていた。


激痛のループの果てに、彼女の精神は完全に砕け散り、脳の神経回路が焼き切れたことで、彼女は感情も、思考も、記憶すらも喪失した「意志なき肉体(人間廃業)」へと成り果てたのだ。


外傷は、一つもない。


彼女の纏う聖衣は美しく、肌は白いまま。


しかし、その内側は、自分が好んで使っていた拷問具の二倍の威力によって、完璧に解体・破滅せしめられた。


ドサッ……。


セレスティアの体が、力なく泥の中に倒れ伏した。


彼女の指先がピクリと微かに震えるが、二度と彼女が言葉を発することも、魔法を使うことも、誰かを蔑む笑みを浮かべることもない。


神聖帝国の至宝、慈愛の聖女セレスティアの、あまりにも残酷で、自業自得なる完全なる失脚と破滅であった。


王都中央大広場を包むのは、冷酷な沈黙であった。


民衆は、かつて自分たちが崇め奉った聖女が、自らが仕掛けた拷問具の前に自滅し、虚無の肉塊へと変わっていく様を、ただ冷ややかに見届けていた。


クラウスは、横たわるセレスティアの残骸を一瞥すると、ゆっくりと背を向けた。


黒銀の義足が石畳を踏みしめ、重厚な金属音を響かせる。


第一の仇・魔導師カイ。


第二の仇・勇者レオンハルト。


第三の仇・聖女セレスティア。


自分を裏切り、四肢を奪い、奈落の底へ突き落としたかつての「仲間」たち全員への、徹底的な解体と報復が、ここに完全に完遂されたのだった。


クラウスはコートの胸元を正し、王都の最奥――神聖帝国の象徴たる『神聖大聖堂』の巨大な尖塔を見上げた。


そこには、この欺瞞と生贄のシステムを統括し、裏で糸を引いていた最高支配者――教皇と、教皇庁の闇が控えている。


クラウスの胸の『共鳴・等価倍加の刻印』が、黒と金の静かな光を宿して脈動した。


隣に立つエレノアが、彼の黒銀の右手に自分の手を重ねる。


ふたりの復讐者は、個人の仇討ちを超え、この偽りの王国そのものを解体するための、次なる段階へと静かに足を進めていった。

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