6話 ~落下~
どうやって東京タワーの中に入り込むか。
そんなことを考えながら、とりあえず正面のガラス扉に近づいてみたときだった。カチリ、と小さな音がして、自動ドアが音もなく左右に開いた。
「あれ……?」
一瞬、何かの罠かと思って身構える。けれど、どれだけ目を凝らしてみても、その先には深い闇が広がっているだけで人の姿はどこにもない。
『どうした?』
「……なんでもない」
きっと、どこかの警備員が鍵を閉め忘れただけだろう。そう都合よく解釈して、餓狼は暗黒の館内へと足を踏み入れた。
「地下に行け」とリイルは言っていた。だが、エレベーターを使うべきか、それとも階段を探すべきか。リイルに尋ねたくなったが、どうせ「お前が何とかしろ」と突き放されるだけな気がして、訊くのをやめた。
目の前に、静かに佇むエレベーターホールがある。
駄目なら階段を探せばいい。とりあえずこれに乗ってみよう。
それにしても、閉館した施設でエレベーターの電源が入っているのだろうか。いや、これもさっきのドアと同じで、警備員の落とし忘れがあるかもしれない。
「頼む……」
蚊の鳴くような声で呟きながら、下矢印のボタンを押した。押し応えはなかったが、指を離すとボタンが青白く点灯した。
ドクン、と心臓が高鳴る。
もしこんな真夜中の不法侵入を警備員に見つかったら、一発で警察沙汰だ。黒いパーカーのフードを深く被り、防犯カメラに顔が映らないようできるだけ下を向く。気休めなのは分かっているが、やらないよりはマシだ。
(もしもの時は、全力で走って逃げる……!)
陰陽師の家系においては「落ちこぼれ」の烙印を押されている餓狼だが、呪力を使わない純粋な身体能力なら、普通の大人よりずっと足が速い自信があった。
「ピンポン……」
静かな電子音と共に、滑り込んできたエレベーターの扉が開く。あまりにもスムーズな展開に、餓狼は自分が歓迎されているような奇妙な錯覚を覚えて、少しだけ口元を緩めた。
(不法侵入者だぞ、俺は……)
慌てて乗り込み、外を警戒しながら「閉」ボタンを連打する。
幸い、警備員が走ってくる気配はない。ふう、と息を吐いてから、操作パネルを見上げた。
(さて……何階に行けばいいんだ?)
リイルはただ「地下に来い」としか言っていなかった。地下1階でいいのだろうか。そう思って餓狼が行き先ボタンに手を伸ばした、その時だった。
「え……っ?」
戸惑いの声が漏れる。まだ何もボタンを押していないのに、エレベーターがガタンと大きな音を立て、猛烈な勢いで下降を始めたのだ。
「なんだこれ……っ!?」
行き先を示す電光パネルの数字が、凄まじいスピードで変化していく。胃がせり上がってくるような強い重力が体に牙を剥く。普通のビルにあるものとは明らかに違う、異常な速度で地底へと引きずり込まれていく。
『感じるぞ……。もうすぐだ、餓狼』
耳元のリイルの声は、これまでになく弾んで聞こえた。龍の歓喜が伝わってくるようだ。しかし、乗っている餓狼はそれどころではない。
(ちゃんと止まってくれるんだろうな……!?)
あまり意味はないと思いながらも、激しい振動に耐えるため、エレベーターの壁に必死で両手を突っぱねた。
もしかしたら、これは侵入者を殺すための、落下装置なんじゃないか――。そんな最悪な恐怖が、スピードを上げる籠の中で、餓狼の脳裏を支配していた。
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