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4話 ~すぐに戻る~

 


「よし……」


 東京都三鷹市にある自宅の庭で、マウンテンバイクのサドルに跨がった蘆屋餓狼あしや がろうは、小さく息を吐いた。


 目深に被った黒いパーカーのフード。その奥には、両目を完全に覆い隠すほどに長い前髪がある。すらりとした細身の体格は15歳にしてはあまりに背が高く、実年齢よりも大人びて見られることの方が多かった。


「どこに行けばいいんだ?」


 誰もいない夜の闇に向かって、いや、自分の頭の中に直接語りかける。


 昼間の戦闘のせいで、自分の脳はいよいよおかしくなってしまったのかもしれない。そんな一抹の不安はあったが、今の餓狼の胸を満たしていたのは、狂おしいまでの「希望」だった。


 何かが変わるかもしれない。


『いちいち説明するのは面倒だ』


 脳を震わせる、高圧的なチェロの重低音。


 普通なら他人にそんな口を利かれれば苛立ちを覚えるはずだが、不思議と嫌な気はしなかった。それは多分、この口調がこの声の主にとっては通常で、あまりにも似合っているからだろうと思った。


『目印を付けてやる。それを辿ってワシの元に来い』


 その言葉が響いた瞬間、餓狼の視界の端が、バチリと鈍く光った。


 夜の曇り空。


 その分厚い雲を真っ二つに突き刺すように、遥か彼方の空へ向かって、一本の巨大な「光の柱」が立ち上っていた。


(これは俺以外にも見えているのか?)


 疑問に思ったが声には出さなかった。この声の主は軽々しく声をかけられるのを嫌うかもしれないと思ったからだ。重要なことは力を手に入れること、それ以外はどうでもいい。


 餓狼がマウンテンバイクのペダルに足をかけた、そのときだった。


「お兄ちゃん、どこに行くの?」


 背後からかけられた細い声に、餓狼は心臓が跳ね上がるほど驚いて振り返った。


 玄関に佇んでいたのは、妹の向日葵だった。パジャマ姿のまま、心配そうに兄を見つめている。彼女は病弱で、一年の半分くらいは寝ている。しかし、賢くて人思いやる気持ちを持っている。


「あ、ああ……。ちょっと、急にアイスが食べたくなってさ。コンビニまで行ってくる」


 とっさにひねり出した嘘だった。だが、餓狼はそれを言い切る前に後悔した。


 アイスなら、ほんの二日前に自分が大量に買い込んできて、冷凍庫をパンパンに埋め尽くしたばかりだ。そのことを、アイス大好きの向日葵が知らないはずがなかった。


「そうなんだ………」


 しかし、向日葵は下手くそな嘘を責めることも、理由を問い詰めることもしなかった。


「あんまり遅くならないでね」


「……おう。すぐ戻る」


 胸に刺さるような後ろめたさを抱えながら、餓狼はペダルを漕ぎ出した。背中から感じる視線。妹は一体何を思っているのだろう。


(俺は、本当にこの家に、また戻ってこられるのか?)


 漠然とした不安を感じつつも餓狼は振り返ることはなかった。妹の表情を見ることが出来なかったから。


 いつものペダルが少しだけ重かった。








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