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3話 ~十五の誕生日~

 


 餓狼が壁の時計を見上げると、二十三時三十五分だった。遅くとも十二時には眠る、それが日課だ。


「寝るか………」


 ベッドに横になり目を閉じる。だが、瞼の裏には自分を嘲笑ういくつもの顔が浮かんできた。嘲笑う安倍鮫肌の顔、失望する芦屋家の老人たちの顔。


 怒りと屈辱に、何度も何度も寝返りを打った。


 いったい自分は何のために生きているのか。陰陽師の血を引くものは日本国のために、生涯働く定めだ。子供の頃から何度も聞かされてきた呪いの言葉。


 ここ最近、何度も思う。


「知ったことか」


 俺は俺の思うがままに生きたい。本当はサッカーがやりたかった。けれど、占いや厄払い、あるいは要人警護のための鍛錬のせいで、部活動をすることは認められなかった。


 悔しい、悔しい………。


『ジジジ、ジジ……』


 不意に、古いラジオのチューニングを合わせるような、耳障りなノイズが聞こえて来た。


(……頭を打ったせいか?)


『ジジ、ジジ……』


 先ほどと同じ音だが少し違った。耳の中に感じた痒み。たまらず指を突っ込んでみたが何の効果も無かった。


『ジジジジジ……!』


「っ……!」


 餓狼はシーツを掴んで、短い悲鳴をあげた。静電気のような鋭い痛みを感じた。


『――おい、聞こえるか』


 突然、何者かの声が響き渡った。耳で聞くというよりも頭の中で直接鳴っているような気がした。


『ワシの元に来い……』


 弦楽器のチェロのような重低音の声。まるで王のように尊大な口ぶりだった。


「誰だ!」


 闇に向かって叫ぶ。頭を打ったせいで幻聴が聞こえるようになってしまったのだろうか。


『ワシが誰かなど、お前にとってはどうでもいいはずだ』


 何を言っているのか理解できない。それ以前に、どの方向を見て話せばいいのかも分からない。


『力が欲しいのだろう?』


「………力?そんなものよりも俺が望むのはこの声が聞こえなくなってくれることだ。いい加減にしてくれ、このままだと俺は異常者になっちまう」


 餓狼は笑い声をあげようとしたが、上手くはいかなかった。体が汗ばんでいるのが分かる。


『誤魔化さなくていいぞ』


 猛獣の唸り声のようなものが聞こえた。直感で分かった。これはきっと、この声の主の「笑い声」なのだと。


「力は欲しいよ………」


 勝手に本音が漏れていた。


 自分にもし力があれば、あれこれ言ってくる奴らを全員跳ねのけて、自由に生きるんだ。家柄も血筋も関係ない。堂々と叫んでやるんだ。


『だったら来い、ワシの元に来い』


 今までで一番柔らかさを感じる声だった。


「行くよ………」


 この声のいう事を、どうして信じようとするのか。自分でも不思議だった。


 どうにもならない日常を。家に縛られた自分を、この声が解放してくれるような気がして。


 希望を抱かずにはいられなかった。


「完全に信じてるわけじゃないぞ。ちょうど、夜の散歩がしたかったところだ」


 ふと見上げると時計の針は十二時を指していた。今日この日は餓狼の十五歳の誕生日であった。







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