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2話 ~届かぬ言葉~

 

 眩い光に意識を取り戻した餓狼の目に最初に映ったのは、厳かな社の、光を美しく反射する漆塗りの床だった。背中に伝わる床の冷たさが、現実を引き戻してくる。


「無事か? 随分とひどくやられたから心配したぞ」


 視界に割り込んできたのは、見慣れたアッシュグレーの髪。

 眉毛を頼りなげにハの字にさせて、こちらを覗き込んでいる男


 ――父の芦屋大日あしや だいにちの顔だった。


 恥ずかしさと怒りに顔を赤らめた餓狼が口を開きかけた時、聞こえて来たのは聞きなれない他人の声だった。


「情けない……」


 芦屋家の老人たちが、ため息交じりに見下ろしていた。倒れている餓狼への気遣いなど微塵も存在しない。


「なんだあの無様な戦いぶりは、恥を知れ!安倍の子供に遊ばれるために、ここまで育ててやったわけではないのだぞ。あのようなさまではいつまで経っても芦屋家を復興することなどできん!」


 吐き捨てるように言うと、周囲にいた他の老人たちも、深く同意するように頷きながら去っていく。彼らはただ目覚めた餓狼に不満をぶつけるためだけに、わざわざ待っていたのだ。


「すいませんでした皆さま! 不快な思いをさせてしまいまして。次の機会がありましたら、せめて一矢報いることが出来るよう家族一丸となって……!」


 老人たちの背中に向かって、不動がペコペコと何度も頭を下げる。


 取り繕うようなその甲高い声、へつらう態度。それを見るたび、餓狼の脳味噌は怒りで沸騰しそうだった。なぜ言い返さない。なぜ、そんな奴らに頭を下げる。


「くっ……」


 奥歯を噛み締め、床に手を突いて強引に身体を起こそうとした。たったそれだけで体のあちこちに痛みが走る。


「くそっ………」


 だがそれでも、この気色の悪い場所に一秒たりとも留まっていたくはなかった。


「あまり気にするなよ、餓狼。お前は頑張ったよ、出来る限りの事をしたと思う」


 痛む身体を引きずり、背を向けて歩き出そうとした餓狼の背中に、父親の気の抜けた声が追ってくる。


「餓狼はきっと、いつか強くなるよ」


「気休めは止めろ」


 自分でも驚くほど、冷たく、鋭い声が口から飛び出していた。


 身体強化術を持たない、陰陽師の血を引く者。芦屋家の出来損ない。それが芦屋餓狼だ。いつかなど来るはずがない。


 振りかえることも無く立ち去っていく息子の背中を父は見つめた。


「気休めじゃないよ……お前にはその資格があるんだ」


 その声は、すでに遠く去った少年の耳には届かなかった。


 東京の真ん中で初夏の木々が、生命力たっぷりに揺られていた。










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