1話 ~落ちこぼれ~
国会議事堂からほど近い、緑に囲まれた鍛錬場。その中央で、芦屋餓狼は息を震わせていた。
前髪は目元が見えないほどに長い。乱れた髪の隙間からのぞく彼の表情には、足掻こうとする必死さと諦めが同居していた。
「おいおい、芦屋の落ちこぼれ!お前の実力はそんなもんか?」
勝ち誇った声が、乾いた砂煙の向こうから響く。
安倍鮫肌。
小柄な体格にパンパンに詰め込んだ筋肉質の体型に、刈り上げられた金の短髪。その顔には、残虐性と弱者を心底から見下す嘲笑が浮かんでいる。
「なに素人みたいにモタモタ動いてんだよ、身体強化術だよ、身体強化術を使えよ!え!?」
鮫肌はわざとらしく声を張り上げた。
「まさか陰陽師の血筋の癖にそんな事も出来ないなんてことは無いよな、まさかそんな奴いねぇよな? そんなんでどうやって御役目を果たすんだよ!え?」
椅子に座って二人の試合を観戦している者たちから同意の声が漏れる。
「くそっ………」
下腹を殴りつけられ、未だにダメージの回復していない餓狼の視界に映ったのは苦しみを増幅させるような光景。
父の芦屋大日。
息子の試合を固唾を飲んで見守っているかと思えば、関係者にペコペコと頭を下げていた。
利益と家名を守るためにプライドを捨て、勝ち組の軍門に降った男。その卑屈に歪んだ背中を見るたび、嫌悪感がせり上がってくる。
「何してんだよ……」
安倍家と芦谷家。この家に生まれた者に、生き方を選ぶ権利などない。
占いや厄払いを行い国を守護するか、要人を命懸けで守るかのどちらかだ。餓狼も幼い時から毎日のように過酷な鍛錬を強いられてきた。
そのお陰で餓狼の身体能力は、普通の人間を遥かに凌駕している。だが、陰陽術の一種である「身体強化術」の前には、生身の身体能力など、役に立たなかった。
「何黙って突っ立ってんだよ!言い返すこともできねぇのかよ!根性無しが、そろそろ止めを刺してやるよ」
鮫肌が、拳を前に突き立てた。
次の瞬間、目にもとまらぬ速度を持って鮫肌は己の体を一気に前進させ、餓狼の鳩尾に右の拳を打ち込んだ。
「ぐっ………」
短い呻き声と共に痩せ細った餓狼の長い身体は、木の葉のように高々と舞い上がった。
前髪が風で大きく捲れ上がる餓狼の目の前に、一面の青空が広がった。
一羽の鳥が飛び去っていく。
誰かの命令を受けることもなく。自分の翼の向くままに向、どこまでも自由に大空を舞う。大都会の中にいても、鳥も風も自然も何物にも捕らわれることなく自由に生きていた。
(羨ましい……)
意識が急速に遠のいていく感覚のなかで、餓狼の目尻には涙が滲んでいた。
(俺も自由になりたい――)
ドサリ、と鈍い音を立てて背中が地面に激突した。高らかに笑う声を聞きながら、餓狼は意識を失った。
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