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38話

 


「様子を見てこい」


 木村は若手たちに鋭く指示を出した。


 じわりと嫌な汗がにじむ。ただのモニターの故障ではないと、彼の本能が執拗に告げていた。


 若手たちが部屋を出ていった直後、木村は懐から拳銃を引き抜き、躊躇なく弾薬を装填した。


 ここ世田谷の高級住宅街で銃声など響かせれば、明日の朝には大騒動になる。そんなことは百も承知だったが、それでも木村のプロとしての防衛本能は、銃を構えることを選択させていた。


『木村さん! 玄関の扉が開いてます!』


 トランシーバーから、先行させた若手・矢島の焦りきった声が飛び込んでくる。


「どういうことだ……?」


 木村は思わず眉をひそめた。


 この邸宅の電子ロックは厳重そのものであり、もし万が一、外から無理にこじ開けようとすれば、この控え室にけたたましい警告音が鳴り響くシステムになっている。それなのに、システムをすり抜けて扉が開くなど、絶対にあり得ない。


「侵入者の姿はあったか? 矢島、答えろ!」


 トランシーバーに向かって怒鳴りつけたが、返ってくるのは不気味な雑音だけだった。


 争う物音すら聞こえない。明らかな異変が起きている。木村は一瞬の迷いもなく、壁にある最高警戒の非常ボタンを叩いた。


 ヴィィィーーーーン! ヴィィィーーーーン!


 邸宅全体に、耳をつんざくような非常警報が鳴り響く。


 これで二階で寝ている組長も確実に目を覚ますはずだ。万が一の事態が起きているなら、せめて組長だけでも逃がさなければならない。


 ――その時、控え室の重い扉が静かに開いた。


 そこに立っていたのは、黒いパーカーのフードを目深に被った一人の少年――芦屋餓狼だった。


 静岡のスーパー銭湯で行方不明になっていたはずのターゲットが、まさか組長の邸宅へ襲撃を仕掛けてくるなど、予想だにしていなかった。


 今までに二度も苦杯をなめさせられていたというのに、頭のどこかで「所詮は十五歳の小僧だ」という油断が抜け切れていなかったのだろう。


 相手は自分たちの想像をはるかに超えるほど大胆で、冷徹だった。それに比べて、自分たちはあまりにも間抜けすぎた。


 驚きと後悔の中で、それでも木村の体が即座に反応できたのは、かつて自衛隊で叩き込まれた過酷な訓練の賜物だった。


 しかし、ここ最近はヤクザの家業の忙しさにかまけ、碌な実戦訓練を行っていなかった。


 それが、ほんのコンマ数秒の遅れを生んだのだろうか。いや、たとえ全盛期の動きができたとしても、結果は同じだったに違いない。


 木村が銃口を少年に向けるよりも早く、彼の視界は猛烈な白い光で埋め尽くされた。


 バチバチッ!!! と凄まじい電撃の音が鼓膜を突き刺す。


 自分の肉体が床へ崩れ落ちていく感覚はあったが、指先一つ、わずかな抵抗すら許されなかった。全身の神経が焼き切れるような衝撃の中で、木村のサングラスが虚しく床に転がる。


(化け物だ……)


 急速に薄れゆく意識の底で、木村は激しい絶望とともに悟っていた。


 自分たちは、人の知恵など到底及ばない、本物の怪物を敵に回してしまったのだと。






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