37話
世田谷にある剛城邸の一階、監視モニターが並ぶ薄暗い控え室。木村良之助は、室内の空気を見えない壁のように睨みつけていた。
夜の室内だというのに、彼は漆黒のサングラスを頑なに外そうとしない。そのレンズの奥の双眸は決して油断というものを知らなかった。
小柄な身体を包む黒いセットアップジャージのポケットには、愛用の拳銃の重みが確かに存在している。
「おい!煙草は止めろと言っただろ!」
木村の低く冷徹な声が響くと、ソファーの端で縮こまっていた二十代の部屋住みが、飛び上がるように直立不動になった。
ポケットから煙草を取り出そうとする仕草を木村は見逃さなかった。
「す、すみません! 癖でつい」
「脳みそまでヤニで詰まっているのか。次やったらその指、一本ずつ規律を叩き込んでやる」
冷や汗を流して平謝りする若手を一瞥し、木村は忌々しげにデスクの上のデジタル時計に目をやった。
時刻は午前三時五十分。間もなく午前四時を迎えようとしている一時間ほど前、静岡のスーパー銭湯へ向かわせた襲撃部隊のリーダーから、最悪の報告が入っていた。
『ガキを取り逃がした』
それだけではない。現場に残らせていたはずのハイエースと、運転手だった白木の身柄までが完全に行方不明だというのだ。
(……白木の奴、まさかあのガキに恐怖して逃げ出したか?)
エラの張った四角い顔を思い浮かべ、木村は鼻で笑った。白木が極道に向いていないことなど、とっくに気づいていた。だが、このタイミングでの失踪はあまりにも不自然であり、そしてあまりにも致命的だった。
二階の寝室では、組長である剛城厳が泥酔して眠っている。もしこのまま「失敗」の報告が組長の耳に触れれば、どれほどの激高を買い、誰の命が飛ぶか分かったものではない。
木村はすぐさま、静岡の連中に『周囲のホテルや隠れ家を徹底的に捜索しろ』と怒号混じりの指示を出したが、未だに続報はなかった。
「チッ……」
木村の唇から、小さな舌打ちが漏れる。
タバコの煙以上に、この「規律の乱れ」が彼の神経をチクチクと逆撫でしていた。
元自衛官としての勘が、防犯カメラの無機質なモニターの群れを前にして、妙な警報を鳴らし続けている。どうにも落ち着かない。何かが狂い始めている。
その不気味な予感は、唐突に形となって現れた。
――ジジ……ジジジッ……。
「あ、あれ……? 先輩、モニターの映像が……」
若手のひとりが困惑した声を上げる。
木村がサングラスの奥の目を細めた瞬間、邸宅の周囲を映し出していた最新鋭の監視カメラの映像が一斉に激しい砂嵐へと変わっていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「ブックマーク」と「いいね」を頂ければ大層喜びます。
評価を頂ければさらに喜びます。
☆5なら踊ります。




