36話
「そこにあるチキン、全部ください」
白木がそう告げると、深夜のコンビニの店員は一瞬だけ驚いたような顔をした。少しの待ち時間のあと、山盛りのチキンが詰まった袋の代金を支払い、駐車場に停めてあるハイエースへと戻る。
後部座席の窓を軽くノックしてから、スライドドアを開けた。そこに静かに座っていたのは、芦屋餓狼だ。
「買ってきました」
「おお、サンキュ」
そんな、どこにでもある日常のような短い会話を交わし、餓狼は温かい袋を受け取った。
白木は運転席に戻ると、再びエンジンを始動させる。現在の時刻は午前三時二十七分。首都高を降り、餓狼の指示通りにバイパス沿いのコンビニへ立ち寄ったところだった。
「最近、やたらと肉が食いたくなるんだよな」
餓狼はその言葉通り、凄まじい勢いでチキンにがっつき始めた。その旺盛な食欲を見ながら、白木は思わず自嘲気味に笑いそうになった。
自分の置かれている状況が、あまりにも意味不明で、滑稽すぎたからだ。襲撃して拉致するはずだった相手のパシリをさせられ、いいように使われている。
車内の空気を入れ換えるために窓を少しだけ開け、流れ込んでくるチキンの香ばしい匂いを感じながら、ハイエースを目的地の世田谷へと走らせる。ここからなら、時間にすれば三十分もかからないだろう。
そしてその到着の瞬間こそが、自分の人生が終わる時だ。目的地に着きさえすれば、案内役としての自分はもう用済みになり、この怪物に殺されるのだから。
(……命乞いをしようか。それとも、言い訳をしようか)
道中、何度もそんな情けない考えが頭をよぎったが、ついにそれを口に出すことはなかった。
銭湯の駐車場でナイフを突きつけられた直後は、死にたくないと無様に身体を震わせていた。しかし、時間が経つにつれて、心が不思議とその運命を受け入れ始めていた。
ガキ一人をなめてかかり、逆恨みで夜襲を仕掛けた報いだ。自業自得だということは痛いほど分かっていたし、今さら命乞いをするのもあまりにみっともない気がしたのだ。
だから白木は、覚悟を決めてこの無言のドライブを楽しむことにした。アクセルを踏み込むほどに己の死へと近づいているのは確実だったが、不思議と、今の心境はそれほど悪くない気分だった。
「……到着しました」
やがて白木は静かにそう言って、組長である剛城 厳の邸宅の目の前に車を停めた。
これが組に対する、重大な裏切り行為であることは、よく分かっていた。
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