35話
フロントガラスを真っ黒なスモークフィルムで覆ったハイエースの運転席で、白木健司は深いため息をついた。
頭に巻き付けた包帯の奥で、眼球がジクジクと痛み始めている。どうやら痛み止めが切れてきたらしい。
「どうしてこんなことに……」
あの日、白木は仕事をしくじった。ガキ一人を拉致するだけの、簡単な仕事のはずだった。激怒した依頼人は、組長である剛城龍太を散々罵倒したという。
『俺らの家業は舐められたら終わりだ……』
組長は激怒し、組を挙げて芦屋餓狼の行方を追った。これはもう仕事ではない。剛城組の「面子」を保つために、あのガキを絶対に殺さなければならなくなったのだ。
しかし、東京中をどれだけ探し回っても影も形もなかった。そんな時、組に一通の不審なメールが届いた。そこには、芦屋餓狼が静岡のスーパー銭湯に寝泊まりしているという情報が記されていた。
誰がなぜ、組の事情を知ってそんなメールを送ってきたのかは分からない。だが、日に日に怒りを募らせて所構わず八つ当たりする組長を、誰も止めることはできなかった。
組長はすぐに白木を含めた五人の組員を静岡へと送り込んだ。
計画はいたって単純だった。夜中に襲撃を仕掛けて餓狼を拉致し、人気のない山へ連れて行って散々痛めつけた上で殺害する。
あの日、自分と同じように返り討ちに遭った袴田は、復讐のチャンスだと嬉々として突入していったが、白木は全く気が乗らなかった。
最近、事あるごとに「自分は極道に向いていない」と思うようになっていた。
親分の命令に疑問を持たず、ただ冷酷にやり遂げる。ヤクザの世界では当たり前のそのことが、今の白木にはどうしてもできなかった。
そもそも、相手はまだ子供だ。子供一人を相手に、大の大人が五人がかりで夜襲をかけるなど、あまりにもみっともない。
組長は普段「任侠」だのなんだのと綺麗なことを並べているが、やっていることはタチの悪い悪ガキのいじめと変わらないではないか。
しかし、そんな本音を口に出せるわけもなく、今さら足を洗うこともできない。
(……もういっそ、死んでしまいたいな)
白木が自暴自棄な思考に沈んでいた、その時だった。ガチャン、と突然運転席のドアが勢いよく開いた。
「……なんだ、アンタか」
心臓が跳ね上がった。そこに立っていたのは、あの夜、白木の右目をナイフで突き刺した張本人――芦屋餓狼だった。
「な、なんで……っ!?」
袴田たちは何をやっているんだ。まさか、一瞬で返り討ちに遭ったのか。
白木は、自分の身体がガタガタと恐怖で震えていることに気がついた。さっきまで「死んでしまいたい」と考えていたはずなのに、本能は目の前の怪物に怯え、死を拒絶していた。
「今ここで死ぬか、後で死ぬか、どっちがいいか選べよ」
首元に押し付けられたナイフの刃が、やたらと冷たかった。
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