39話
組長の邸宅から一人でふらりと出てきた芦屋餓狼を見て、「やっぱりな」と白木は思った。
その手には、組長がいつも使っていた高級なブリーフケースが握られている。つまり、あの要塞の中にいたボディーガードも、組長も、全員が完全に片付けられてしまったのだろう。
ふと目が合った時、少年は少し意外そうな顔をした。そして、まだ運転席で待機していた白木の方へと、のんびりとした足取りで歩いてきた。
白木が窓を下げると、餓狼は不思議そうに口を開いた。
「なんでまだいるんだよ」
「まあ、なんとなくですね。別に行く当てもないんで……」
白木は、自分の心に浮かんだ思いをそのまま言葉にした。
「……結末を見届けたかったのかもしれません」
十五歳も年下の少年に、ごく自然に敬語を使って説明したあとで、(そうか、自分はそんな理由でここに残っていたのか)と、どこか他人事のように納得していた。
「そうか……」
少年は納得したような、していないような顔をしながら、持っていたブリーフケースを地面に置いてパチンと開いた。
中には、気が遠くなるほどパンパンに詰まった札束が見える。死ぬ間際の組長を脅して、金庫を開けさせたに違いない。
白木がそれをぼんやりと眺めていると、少年はその中から一束を掴み取り、開いた窓からダッシュボードの上へ無造作に放り投げた。
帯のついた、本物の百万円の束だ。
「じゃあな」
それだけ言うと、少年はすぐに背を向けて歩き出した。
車の窓からは、うっすらと朝の匂いが交じった風が吹き込んでくる。遠ざかっていく小さな背中を見送りながら、白木はおもむろに胸ポケットから煙草を取り出し、ライターで火をつけた。
深く吸い込んだ煙が、朝の空気へと溶けていく。
「……沖縄にでも行くかな」
人生で一度は行ってみたいと思っていた場所だ。せっかくまとまった金が手に入ったのだから、あっちで新しくサーフィンでも始めてみる、というのも悪くないかもしれない。
白木はハイエースの鍵を回した。
キュルル、とセルモーターが回り、重いディーゼルエンジンが目を覚ます。だが、その駆動音に紛れるようにして、背後で車のスライドドアがガラリと開く音がした。
――背筋が寒さに震えた。
「白木……お前、そんな所で何をしてるんだ? ああ?」
トレードマークのサングラスはどこかに吹き飛んでおり、その右手には、今にも火を噴きそうな拳銃が固く握られている。
「組長が死んだんだぞ……! 静岡で行方不明のはずのお前が、なんで今、ここにいるんだ!? 答えろッ!!」
木村の狂気的な怒号が、狭い車内に響き渡る。
ダッシュボードの上の百万円を見つめながら、白木はゆっくりと煙草の煙を肺の奥まで入れ、その苦味をじっくりと味わった。
「夢ってのは……叶わないようにできてるんだなぁ……」
静かな朝の住宅街を、鋭い銃声が震わせた。何度も何度も震わせた。
やがて訪れた静寂の中、白いハイエースの運転席のドアの隙間から、赤黒い血がアスファルトへ零れ落ちていった。
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