32話 ~覚醒~
激突する二人の特殊魔法を目に焼き付けていた餓狼の身体には、異変が起き始めていた。心拍数が上がり始め、呼吸が荒くなっていく。
さらには、脳の奥が痺れるような感覚まで起き始め、餓狼は思わず両ひざをついた。
「は、あ……っ、な、んだ、これ……ッ!?」
下腹部の奥が熱を持ち始め、身体の異変はさらに強まった。
『逆らうな』
パニックになりそうになった餓狼の耳に、リイルの声が聞こえた。
『それはお主が魔法使いとして目覚めようとしている証だ』
「魔法使い……?」
『そうだ。あやつらが繰り広げる戦いに刺激されたのであろう。恐れることは無い、なるがままに身を任せるのだ』
餓狼は大きく息を吸って、吐いた。子供の頃、誰からか教えてもらった方法。緊張した時にはいつもこうしている。
富士山を登り切った時よりも遥かに乱れた呼吸。身体は痺れ、視界は狭まっていく。侵入してはいけない領域に入ってしまったかのような不安感が少年の心を締め付けた。
(落ち着け……。これは魔法使いなら、誰もが通る道なんだ……!)
餓狼はただひたすらに深呼吸を繰り返す。体は落ち着かない。しかし、リイルがその答えを教えてくれたことで、精神的な動揺は抑えられていた。
いずれ終わる。耐えることには慣れていた。
「あっ……」
その瞬間、下腹部の熱が脊髄を通って脳髄に達した気がした。
目の前が真っ白になり、その強烈な余韻の中で、餓狼の脳に新たな神経が繋がった。
【特殊魔法:電脳世界】
理屈ではない。確かにその力が自身に備わったことを、肉体が本能で感じ取っていた。
同時に視界が開けていき、激しかった呼吸は嘘のように収まり、下腹部の熱も消えた。まるでさっきまでの異常な感覚が最初からなかったことかのように、すべてが一瞬で平常へと戻っていく。
『どうだ?』
見下ろしてくるリイルの顔は、心なしか笑っているように見えた。
「……悪くないかな」
『そうか』
本当は、跳びはねたいほどに嬉しかった。
自転車をひとりで初めて漕ぐことができた時のような、あの圧倒的な達成感と万能感。
これさえあれば、自分はもうどこまでも行けるんだと確信できる。けれど、それをそのまま表現するのがなんだか無性に恥ずかしくて、思わずスカした態度を取ってしまった。
しかしリイルの細められた瞳を見れば、そんな強がりすらもお見通しのようだった。
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