23話 ~お願い~
「ありがとうございました」
餓狼が深く頭を下げると、理恵はにっこりと微笑んだ。コンビニのガラス窓から漏れる白い光の中でも、はっきりと分かるくらいに彼女は整った可愛い顔をしていた。
「お礼を言うのはこっちのほうだよ。助けてくれて本当にありがとうね……ええと」
「……芦屋です」
「ありがとう、芦屋君。それにしてもすごかったね! あんなに大勢を相手にあっという間に倒しちゃうなんて。もしかして、何か格闘技とかやってるの?」
「そうですね、少しだけ」
「やっぱり! だからあんなに強いんだね!」
理恵は純粋に目を輝かせて感心している。
実際、餓狼の家系である「芦屋家」や、敵対する「安倍家」といった陰陽師の血筋は、何世代にもわたって国の要人警護や裏の任務を任されてきた歴史がある。
そのため、餓狼も子供の頃からそのための過酷な戦闘訓練を義務付けられていたのだ。
「でもさ、車をひっくり返したのはどうやったの? あれ、本当にびっくりしたんだけど!」
「あれは……その、勢いでぐいっとやったら」
「ぐいっと? いやいや、ぐいっとで車って持ち上がる!?」
「はい。なんか出来ちゃいました」
「マジ? 芦屋君、めっちゃ面白いんだけど!」
理恵はツボに入ったように楽しそうにケラケラと笑った。
餓狼にはいまの話のどこがそんなに面白いのか分からなかったが、彼女の屈託のない大きな笑顔を見ていると、なんだか誇らしいような嬉しい気持ちが胸に湧き上がってきた。
「あの、すいません三田原さん。実はお願いがあるんですが」
「なに?」
「僕の代わりに、あのコンビニで買い物をしてきてほしいんです」
「え? お金がないってこと?」
「いえ、そうじゃなくて……。ちょっと、事情がありまして」
理由を濁す餓狼を見て、首を傾げていた理恵の表情がパッと明るくなった。
「わかった! もしかして、あそこのコンビニのバイトを飛んじゃったとか? だからお店の人に顔を見せられないんでしょ?」
「そ、そうですね。……そんな感じです」
思わぬ勘違いをしてくれた彼女の推理に、餓狼は慌てて乗っかった。
「ダメだよ、バイトを急に飛んだりしたら。お店の人に迷惑がかかるんだからね」
「すいません……」
「ま、いいよ! 代わりに買ってきてあげる。っていうか、助けてもらったお礼に私がおごってあげてもいいよ?」
「いえ、それは本当に大丈夫です。お金はあるので」
餓狼はそう言って、ボディバッグから財布を取り出し、一万円札を一枚差し出した。
「それで、何を買ってきてほしいの?」
「とりあえず……『ちゅ〜る』をあるだけ。あとは猫用のおやつとか、おもちゃがあれば適当に買ってきてほしいです」
「え? 芦屋君も猫飼いなの?」
「いや、山にいる野良猫にあげるやつなんですよ」
「なんだ、そっちか! 優しいんだね」
「そういうわけじゃないんですけど、成り行きというか……」
「分かった。ちゅ〜るとおやつとおもちゃね。あ、牛乳は?」
「そうですね、お願いします。……あと、レジ横のホットスナックにあるチキンを、あるだけ買ってきてほしいです」
「えぇ!? こんな時間にそんなの食べたら太るよ?」
「どうしてもお腹が空いちゃって。最近、やたらと肉が食べたくなるんですよ」
リイルと契約をしてからというもの、餓狼の肉体は常に猛烈なエネルギー(タンパク質)を欲していた。
「気持ちは分かるけど……。まぁ、あれだけ暴れたらお腹も空くよね。わかった、ここで待っててね!」
一万円札を受け取った理恵は、軽い足取りでコンビニへと入っていった。
数分後、彼女は両手いっぱいのレジ袋を抱えて戻ってきた。中には大量のちゅ〜ると、揚げたての香ばしい匂いを漂わせる大量のチキンが入っている。
こうして餓狼は、コンビニの防犯カメラに一切顔を映すことなく、リイルからのミッションである『ちゅ〜る』を完璧に手に入れることができた。
理恵にお礼を言って別れた後、餓狼はチキンを口に放り込みながら、目の前にそびえ立つ夜の霊峰を見上げた。
「はぁ……疲れた……」
この後はまた、険しい富士山を登らないといけない。そして山頂では、リイルによる魔力強化のための特訓が待っているのだ。
激動の一日は、まだ終わらない。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「ブックマーク」と「いいね」を頂ければ大層喜びます。
評価を頂ければさらに喜びます。
☆5なら踊ります。




