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19話 ~ちゅーる~

 


「餓狼よ。お主、『ちゅ〜る』というものを持っておるか?」


「……持ってるわけないじゃん。っていうか、どうしてそれを知ってるんだ?」


『なに、ワシは良き耳を持っておるのでな。下界の人間の会話がよく聞こえてくるのだ。聞くところによると、随分と猫を手懐てなずけるのに有効な魔法の道具らしいな』


「……そうらしいけど」


 何やら嫌な予感がし始めた餓狼は、じわじわと眉間に皺を寄せた。


『こやつらは少々元気が良すぎるようだ。大人しくさせるために、今すぐ買ってきてはくれまいか?』


「分かったよ。覚えていたらいつか買ってきてやる」


『いつか、ではなく『今』だ』


「ちょっと待ってくれ! ちゅ〜るを買うためだけに、この夜の富士山をまた降りて登ってこいって言うつもりじゃないだろうな!?」


『その通りだ。お主の今の身体能力であれば、容易いことだろう?』


「冗談じゃない! どれだけ汗だくになってここまで登ってきたと思ってるんだ! リイルには羽があるからひとっ飛びかもしれないけど、こっちはそんな簡単にはいかないんだよ!」


 餓狼は断固として拒否の姿勢を見せた。


 魂の契約を交わしたことで、リイルとは心がつながっている。だから初めて出会った時のような絶対的な恐怖感はもう無い。


 だが、それでも上位存在としての圧倒的な威圧感は健在だ。ここでハッキリと拒絶しておかないと、これから先ずっとパシリにされてしまうという危機感があった。


 そんな餓狼の猛反発を予想していたのか、黒龍はフッと金色の眼眸を細めた。


『……ならば、特訓をしてやろう』


「は?」


『先ほどのお主の説明によれば、下界の周りは敵だらけ。そうだな?』


「そうだ。だからあんまり人前に顔を出さない方が良い。警察の捜査能力は、多分リイルが想像しているのを遥かに超えているからな」


『その言い分は確かに理解できる。……しかしその一方で、ただ怯えて逃げ回っているだけで良いのかとも思うのだ』


「それは……」


 リイルの言葉に、胸を深く刺されたような気がした。


『正直な所、お主はまだ魔力を操ることにおいては、ここにいる子猫共とさして変わらん。未熟以前の問題だ』


「それを……鍛えてくれるのか?」


『少々荒っぽいかもしれんがな。しかしワシの特訓を受ければ、警察とやらがいかに高い捜査能力を持っていたとしても、容易に逃げ切ることが出来るようになるだろう』


 餓狼の脳裏に、新宿警察署の前で安倍家の男たちに取り囲まれた瞬間の光景が蘇る。


 あの時はリイルの力による肉体強化のおかげで、敵の頭上をマイケル・ジョーダンのように飛び越えて逃げることができた。


 もし、今以上の力を手に入れることができれば――警察に包囲されたとしても、同じように嘲笑って逃げ切ることが可能になるはずだ。


「……ちゅ〜るを買ってきたら、本当に特訓してくれるんだな?」


『約束だ』


 黒龍の口の端が、にゅっと邪悪に上がった。


「にゃー!」


 その時、タイミングよく子猫の一匹が鳴くと、つられて他の二匹も「みゃあ」「にゃお」と声を上げた。


(早く買ってこい)


 まるで子猫たちにまでそう急かされているような気がして、餓狼は少し腹が立った。


「……分かったよ。行ってくればいいんだろ!」


 こうして、餓狼の富士山往復が、正式に決定した瞬間だった。








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