15話 ~目~
「うっおぉぉぉーーー! マジで大破ァ!! マジ映画なんだけどーーー!!」
煙の立ち込める助手席で、ロバのような顔をした汚い金髪の男――袴田健太は、興奮を隠しきれずに品のない大声を張り上げていた。
三鷹の一軒家。その玄関口に、彼らの駆る大型トラックは時速40キロ近くでノーブレーキのまま突っ込んだのだ。
荷台が外壁を粉砕し、そのまま家屋の廊下の奥深くまで侵入している。あたりには木屑と瓦礫が散乱し、ひしゃげた鉄板の擦れる不快な音が響いていた。
「遊んでる時間はねえぞ、健太。とっととガキを拉致しねえと、すぐに警察が飛んでくる」
運転席の白木健司は、エラの張った四角い顔を冷徹に引き締め、業務的な口調で言い捨てた。
「任せといてくださいよ白木さん、ガキひとりくらい簡単に拉致してやりますから!」
この二人は、新宿区百人町に本拠地を構える『松葉会系 剛城組』の組員だ。
事の始まりは、組長の知り合いである安倍家からの依頼だった。
「指示を出すまでターゲットの家の近くで待機していろ」
そう命じられていた二人は、連絡を受けた直後、計画通りに大型トラックの荷台から玄関へと突っ込んだのだ。
作戦は単純明快。
家の中にいるターゲットを強引に拉致し、そのまま事務所へと連れ帰る。もし暴れるようなら、骨の一本や二本折ることも許可されていた。
「さいっこうじゃないっすか!マジでテンション上がるわぁ」
話を聞いた時、袴田は大いに喜んだ。
今までは部屋の掃除やヤミ金のティッシュ配りなど、地味な雑用ばかりを押し付けられて、正直うんざりしていた。ようやく回ってきた「暴力団らしい大暴れ」という大仕事に、アドレナリンが出まくっていた。
一方、三歳年上の白木は、決して浮き足立ってはいなかった。
むしろ、この仕事をもししくじった時、あの凶暴な組長・剛城鉄男がどんな顔をするかを想像し、胃の痛むような緊張感に襲われた。
殴られるだけならまだ良い。指を詰めろと言われたら……もしかしたら破門すらありうるかもしれない。
白木は与えられた仕事を完璧に全うするべく、運転席のドアを勢いよく開け、外へ足を踏み出そうとした――その、瞬間だった。
「――がっ!?」
突如、足首に強烈な万力のような質量が絡みつき、白木は車外へと強引に引きずり落とされた。
為すすべなく背中から地面へと叩きつけられる。凄まじい衝撃に呼吸が止まり、視界が真っ白に染まった。
(な、なんだ……何が起きた……!?)
直後、右目に鋭い熱さを感じた。
何が起こったのか分からない。ぼんやりとした視界の中に、写真で見た顔があった。組長直々に依頼された仕事のターゲットである少年、芦屋餓狼。
――そして、もう一つ見えたもの。
自分の右目から生えている「包丁の柄」だった。
「ぎ、あ、あああああああッ!? 目がぁああああ、俺の目がぁぁぁッ!!」
白木の絶叫により異変を察知した袴田が、慌てて助手席から瓦礫を飛び越えてやってきた。しかし、すでにそこに餓狼の姿はない。
「よくも白木さんをやりやがったな糞ガキが! いい度胸だ、かかってこいよオラァ!!」
袴田は怒り狂いながら、武器代わりにするつもりで、白木の右目に刺さった包丁の柄をガシッと掴んで一気に引き抜いた。
「ぎゃあああああああああああああああああーーーッ!!」
当然、白木はさらなる地獄の激痛に襲われ、鮮血のしぶきを撒き散らしながらのたうち回る。
「痛かったですか!? すいません白木さん! 良かれと思って!」
馬鹿丸出しのセリフを叫ぶ袴田の視界に、立方体をした黄色と赤色の何かが飛んできた。
「甘ぇわ!」
袴田が反射的に手にした包丁でそれを切り裂く。
バンッ、と派手な音を立てて足元に落ちたのは「小麦粉の袋」だった。袴田の周囲に白煙が巻き起こった。袴田は「ぶほっ、ごほっ」と激しく咽て視界を完全に奪われた。
――ドンッ!!!
「あごっ――」
間髪入れず、回転しながら飛んできたフライパンが、袴田の顔の真ん中を捉えた。
鼻骨が砕ける嫌な音と共に、袴田は脳を揺らされて一瞬だけ意識を失い、床へと派手に引っ繰り返った。
「……う、あ……」
猛烈な痛みと共に目をあけると、目の前には、いつの間にか一人の少年がしゃがみ込んでいた。
「ひ、っ……!」
慌てて立ち上がろうとする袴田だったが、それよりも包丁が右目に突き立てられる方が圧倒的に早かった。
白木と袴田は見た。
自分たちを見下ろす少年の目を。人を傷つけることに一切の躊躇も持たない。
飢えた狼の目だった。
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