12話 ~取り調べ~
ガチャン、と重い鉄の扉が閉まり、餓狼はパイプ椅子に深く腰掛けた。
無機質な部屋。目の前には、三鷹の自宅前で待ち伏せていた最上刑事が、いくつかの書類を机に広げている。
「餓狼君、君は安倍鮫肌という少年を知っているね?」
「え?」
「昨夜、歌舞伎町の路地裏で遺体となって発見された」
今度は言葉も出なかった。
警察に連行された理由。それは、東京タワーへの不法侵入がバレたのだと思っていた。あれが犯罪であることは十分に認識していたから、それを言われたら素直に謝罪するつもりだった。
殺人?
最上刑事の発言はあまりにも予想外だった。
安倍鮫肌。
餓狼と同い年であり、平安時代の陰陽師である安倍晴明の血筋を引くもの。小柄な体格に強固な筋肉を搭載し、神通力まで使いこなす少年。
好きか嫌いかでいえば大嫌い。神通力を使えない餓狼の事を見下していることを隠そうともせず、奴の傲慢な態度の全てが気に障る。
「死因は失血死。後ろからナイフでの一突きだ。……蘆屋君、昨日の夜十時頃、君はどこで何をしていた?」
「……俺を疑っているんですか?」
オドオドしていた餓狼の瞳に、決死の熱が宿る。
「いや、そうではないよ。関係者には同じことを聞いているんだ。決まりきった質問だよ」
「――俺は殺していません。そんなことをする理由もありません」
真っ直ぐに返した餓狼の言葉を、最上刑事は視線だけで受け止めた。
「私達の調べたところによるとね……君は三日ほど前に、鍛錬場で彼にひどくやられたそうだね」
「え……?」
餓狼の表情が、一瞬で青ざめた。
あの時、あの場にいたのは陰陽師の血筋の者たちだけだったはずだ。つまり、身内の誰かが警察にあの事件をリークしたのだ。
「それだけじゃない。もう一つ、気になることがあるんだ」
最上刑事はたっぷりと間を置いてから、重々しく口を開いた。
「犯行現場の近くに、乗り捨てられた自転車があった」
ドクン、と餓狼の心臓が跳ね上がった。
「黒のマウンテンバイクだ。防犯登録を照会すれば、持ち主を特定するのは簡単だよ。……餓狼君、あれは君の自転車だ」
背中からナイフを突き立てられたかのように、背筋が凍りついた。
リイルに呼ばれて東京タワーへ向かったあの日、自分は確かに愛用のマウンテンバイクで行った。しかし、今日戻ってきた時には、停めたはずの場所にそれはなかった。盗まれたのだと思って落ち込んでいたというのに、まさかそれが殺人現場に……。
(自転車泥棒が偶然、犯行現場に乗り捨てたのか? ………いや、違う。きっと誰かが、俺に罪を着せるために細工してそこに置いたんだ。でも、だとしたら一体誰が……!?)
混乱が渦巻く中でも、餓狼はかろうじて頭を回して答えを探そうとする。
「顔色が良くないようだが、大丈夫かな?」
心配そうな表情を浮かべた最上刑事が、のぞき込んでくる。
(……信用できない)
餓狼の脳裏に、今までに見たドラマや映画の知識が過った。
ここでの発言はすべて記録され、後で裁判の証拠に使われる。だとすれば、目の前にいるこの刑事は間違いなく『敵』だ。
(こいつらの目的は一つ――『自白』だ。
決定的な証拠がないから、嘘や脅し、あらゆる手法を使って俺の精神を揺さぶり、自白を引き出そうとしているんだ。逮捕状が出せないのが、何よりの証拠だ!)
搦め手でハメようとしてくる国家権力。ならば、ここで取るべき選択肢は一つしかなかった。
「帰ります」
「なんだって?」
餓狼は、最上刑事の目を真っ直ぐに見据えた。
あの規格外の怪物・リイルの圧倒的な恐怖を経験した今の餓狼にとって、目の前の刑事が放つ威圧感など、大して恐ろしいものではなかった。
「これは任意同行ですよね? だとすれば、僕には帰る権利があるはずです」
「……もちろんその通りだ」
最上刑事の目が、わずかに細められる。
「しかしね、警察に協力しないということは、餓狼君が犯人であるという印象を我々に強く抱かせることになる。私なら、あまりお勧めはしないな」
「帰ります」
餓狼は揺らぐことなく、はっきりと言い切った。
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