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11話 ~変化~

 

「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」


 夜明けの淡い光が、東京都三鷹市の住宅街を照らし始めていた。


 顔を汗でテカテカに輝かせた少年が、肩を激しく上下させながら走り抜けていく。――蘆屋 餓狼だ。


 山の中で目を覚ましてから、道に迷い、夜通しがむしゃらに走り続けて、ようやく見慣れた自宅へと辿り着いたのだ。


 山を下りて、餓狼が一番最初に驚いたのは――そこが他ならぬ「富士山」だったことだ。


(……なんで?!)


 一体どうやって、リイルは自分を東京からここまで運んだのか。そもそも、あの巨大な身体で、どうやって東京タワーの地下66階から誰にも見つからずに脱出したのか。


 謎は尽きないが、今の餓狼にはそれを深く考えている余裕はなかった。いま直面している最大の問題。それは、「どうやって三鷹の家まで帰るか」だ。


 身につけている愛用のボディバッグを開け、財布の中身を確認する。入っていたのは三千円と、いくらかの小銭だけだった。


 スマートフォンが指し示す現在の時刻は、午前2時35分。


「……走るしかないかぁ」


 暗闇のなかでポツリと情けない声を漏らした餓狼だったが、実は「なんとかなるかもしれない」という、根拠のない確信が胸の内にあった。


 何しろ自分はさっき、富士山の五合目から麓までの険しい山道を、一気に駆け下りてきたのだ。前までの自分なら、絶対に不可能だった芸当だ。


 餓狼は、深夜の月光に照らされる、自らの真っ黒に染まった右腕を見つめた。五本の指を握り締めると、腕の芯から爆発的なエネルギーが全身へと循環していくのが分かる。


(……これは明らかに、リイルとの契約の影響だ。これだけの体力がみなぎってるなら――東京まで、このまま走っていけるんじゃないか?)


 並の人間なら正気を疑うような思いつきだったが、今の餓狼にはそれが最も現実的で、最も早く我が家へと戻れる手段に思えた。


「よし――行くか」


 餓狼は決断を下した。


 あとは青い案内看板に書かれた「東京」の文字だけを頼りに、夜のとばりを切り裂いて、弾丸のようにアスファルトを蹴り出していった。


 そして戻って来た自宅の前。


(……向日葵ひまわりに、なんて言い訳すりゃいいんだ……っ)


 まだ脳内で言葉が定まらない。


 あの夜、「ちょっと近くのコンビニにアイス買いに行ってくる」と言い残したまま、三日も無断で外泊したのだ。普通なら大騒ぎになっているはずだし、さぞかし心配をかけているだろう。激しい罪悪感が餓狼の胸を締め付ける。


 玄関先に並ぶいくつもの植木鉢。そのうちの一つの前にしゃがみ込み、土の裏に隠してある予備の鍵を取り出そうとした――その時だった。


 ピリッとした、冷たい気配を背後に感じた。


「ん……?」


 餓狼は鍵を持ったまま、ゆっくりと振り返った。

 そこに立っていたのは、父親でも、泣きじゃくる妹でもなかった。


「――蘆屋 餓狼君だね?」


 安っぽいヨレたスーツを着た、目つきの鋭い男が一人。落ち着いた、けれど逃げ道を塞ぐような低い口調でそう言った。

 その後ろには、四角い顔をした、背は低いがガッチリとした体形の男がもう一人、静かに控えている。


 一瞬にして、嫌な予感が全身の血を凍らせた。


「新宿警察署の最上もがみだ。で、こっちが斎藤。君に少しばかり聞きたいことがあってね。我々と一緒に、署まで来てもらおうか」


 ドクン、と餓狼の心臓が激しく高鳴った。





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