表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/39

10話 ~目覚め~

 



 目を覚ますと、視界の真正面に、不気味なほど巨大な黄金の月が浮かんでいた。


「……ん?」


 間の抜けた声を出しながら、餓狼は上半身を起こして周囲を見渡した。

 肌を撫でる夜の冷気。あたりを囲む鬱蒼とした木々と、湿った土の匂い。そこは東京タワーの地下66階などではなく、どこか見知らぬ深い森の中だった。


「痛たた……」


 腰を摩っているうちに、脳の奥から濁流のように記憶が蘇ってくる。


 東京タワーの地下、黒龍リイル、対等な対話、そして――『言い忘れていたことがあったな』という言葉の直後、自分の右腕を容赦なく食いちぎった、あの悍ましい牙の感触。


「ええと……だとしても、辻褄が合わないだろ」


 混乱する餓狼の耳に、聞き覚えのあるチェロのような重低音が届いた。


『ようやくお目覚めか、餓狼』


 どこかユーモラスな響きを含んだ声音。

 そちらに目を向けると、夜の闇に同化するようにして、巨大な黒いドラゴンが静かに地面に寝そべっていた。


「あ――!」


 餓狼はハッとして、慌てて自分の右腕に目を落とした。


「……ある!」


 夢じゃなかった。あの時、確かに肘の先から綺麗に食いちぎられたはずの右腕が、そこにはちゃんと存在していた。恐る恐る五本の指をグーパーと動かしてみても、神経の繋がりになんの違和感もない。


「けど、何だこれ………」


 大きさも、動かしやすさも元の腕と全く同じ。しかし、皮膚の色が明らかに違っていた。


 肘の境界線から先が、まるで深夜の闇を切り取って貼り付けたかのような、禍々しくも美しい「漆黒」に変色している。それは紛れもなく、リイルの鱗と同じ色彩だった。


「……どういうことだよ、これ!」


 餓狼は立ち上がり、寝そべっているリイルへと大股で近づいて問い詰めた。


 不思議と、もう恐怖は一切なかった。それよりも、騙し討ちのような形で腕を食いちぎられたことへの「怒り」が勝っていた。


『仕方がなかろう。契約を交わすためには、等価の代償が必要なのだ』

「代償?」

『本来、交わるはずのない別々の魂を一つに繋ぎ合わせるのだ。かなり高度で強引な呪法だからな。……それに、代償を払ったのはお主だけではないぞ』

「え……?」


 リイルは巨大な首を少しだけ揺らし、自身の身体を見下ろした。


『ワシも、少なくない量の『血』を失った。そのお陰でお主の右手は戻ってきた。……まぁ、ワシの鱗と同じ、漆黒の色に染まってはしまったがな』


「そうだったのか……」


 ただ奪われたわけではなかった。リイルもまた、その身を削っていたのだ。


『これがもし、現世に実体を持たぬ通常の精霊を相手にした契約だとしたら、一度失った右腕は二度と戻ってこん。実体を持たぬ霊には、お主に差し出せる肉など無いからな』


「……」


 餓狼は口をパクパクと動かしたが言葉は出なかった。初めて聞く情報ばかりで、脳が処理しきれなかったのだ。


『先人たちの記録を見よ。未熟な契約の末に両手両足、目や耳、果ては命そのものを吸い尽くされた人間のなんと多いことか。それに比べれば、お主の払った代償など軽いものだ。無いに等しいと言っても良い』


「……そうだったのか。ごめん、何も知らずに、勝手に怒ったりして」


『――気にするな』


 さっきまで大声を上げて怒っていた餓狼が、いまは昔話を聞く子供のような、純粋な目で自分の話に耳を傾けている。リイルはその現金な少年性を、喉の奥で優しく微笑んだ。


「……ところで、ここはどこなんだ?」


 ようやく状況に納得したらしい餓狼は、改めて周囲の深い森を見回した。


『わからん』


「はあ!? どうして分からない場所にわざわざ連れてきたんだよ!」


『この山は、周辺の土地に比べて純度の高い霊力が満ちている。ワシの負った傷を癒やすのに、丁度いい環境だったのだ』


「そうか……。リイルの身体、あちこちにあのエグいもりが刺さったままだもんな」


 まだ完全に抜けきっていない封印の残骸を思い出し、餓狼が痛ましそうに呟く。するとリイルは、どこかからかいを含んだチェロのような声を響かせた。


『ワシの心配をするよりも、まずは自分の心配をした方が良いぞ』


「何が?」


『お主がワシと契約を交わし、意識を失ったあの夜から、すでに三日が経っている』


「……ふぇ!?」


 餓狼はマヌケな声を上げて、その場で思いきり跳び上がった。


『いきなり三日も姿を消せば、お主の家族が心配するのではないかと思ってな。……ワシの余計なお世話であれば良いのだが――』


 リイルがその言葉をすべて言い終わるよりも早く、餓狼の身体は弾かれたように走り出していた。


「向日葵……っ!!」


 即座に妹の顔が思い浮かんだ。


 あの日「アイス買いにいってくる」と言ったまま、三日間も音信不通。あの心配性の妹がどんな顔をしているのか、想像しているだけで堪らなかった。


「一旦家に帰る!」


『ワシはしばらくここにいるから、何かあったら来い』


「分かった!」


 漆黒に染まった右腕を強く握り締めながら、餓狼は夜の森を、我が家へと向かってがむしゃらに駆け抜けていった――。






最後まで読んでいただきありがとうございました。


「ブックマーク」と「いいね」を頂ければ大層喜びます。


評価を頂ければさらに喜びます。


☆5なら踊ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ