光の聖獣王グリフォン
夕食の後、順番にお風呂に入り、浴衣に着替える。髪は、昨日同様、沙羅にとかして乾かしてもらった。毎日、こうしてもらっているらしい。慣れた手付きだ。時々、ルゥちゃんと目が合うのが気になる。
髪を梳いてもらった後、僕は、一人で庭続きの屋敷の廊下に出て夜風にあたっていた。
「キョウ殿、鏡月見とは風流ですな」
声と共に、長身の小次郎が寸足らずの浴衣を着て、横に並んだ。僕は屋敷の池に映る月を眺めているところだった。こうして並ぶと、随分背丈が違う。ケンタウロスの森では、僕の体を片手で軽々と抱き上げていたし。そう言えば、あの時助けてもらった礼も言ってなかったっけ。
「小次郎。その……、今朝はありがとう。助けてくれて」
「礼などとは水くさい。いつもつれない態度のキョウ殿が、いつになく素直なご様子。何か悩み事でもあるのでござらぬか。何なりと、相談に乗りまするぞ」
ふわっと全身を包み込むような小次郎の低い声の調子が心地良く聞こえた。
「小次郎。あの、さ……、僕、男に見える? 女に見える?」
小次郎の顔を見上げているうちに、ついそんな言葉が僕の口から出てしまった。僕は、慌てて口を手で塞いだが、もう遅い。小次郎は、一瞬眼光を鋭くした。
「え、あの……、違うんだ……、今のは……」
「何を言い出すかと思えば、ケンタウロスの謎かけの続きでござるか。森の賢者は、分かったふうな様子で、分からぬことを言うもの。隠れ住む者の常。気にすることはござらぬ。キョウ殿が、自身の胸が小さいことを悩む必要はござらぬよ。むしろ、貧乳フェチの拙者にとっては……」
そこかい! それ、立派なセクハラ発言だからね。と、内心ツッコミを入れていた僕の目の前に突風と共に大きな影が舞い降りた。
「ミ・ツ・ケ・タ」
それは言った。女性の頭と見事な胸部に大きな翼を持った怪鳥だ。金色に光る眼で僕に刺すような視線を投げた。あの……、見つけたって、何を? 僕、食べても美味しくないと思うよ……
僕は、小次郎に抱えられて飛んでいた。すぐ後ろで羽ばたきの音と激しい風圧を感じる。着地の衝撃と共に僕の体は宙に投げ出された。大きな物が木の床を転がる鈍い音がする。
「不覚! こんな時に丸腰とは……」
小次郎の叫びと呻き声に続いて床に打ち付けられ転がった僕の体は、さらに風圧で巻き上げられた。
「痛ッ!」
散々転がされた挙句、僕は強い力で腹を掴まれた。激痛で意識が薄れそうになる。
トランペットとフルートの音色が聴こえた時は風を切って空に浮かんでいた僕の体。
「ダメ! 遠過ぎて効かない!」
「キョウ!」
羽ばたきの風切り音と共に足下の灯りがぐんぐん遠くなる。立ち眩みを起こした時のように目の前が真っ白にになった。
ほんの一瞬の出来事だったのだろう。僕は怪鳥に掴まれて空を飛んでいた。自分がどういう体勢なのかも分からない。頭を上にしているのか、逆さまか。ここで落とされたら間違いなく命は無い。何も掴まる物も無く、体の姿勢を制御することも出来ない。ただ、されるがまま。猛禽に捕まったウサギになった気分。
その時、バサバサと羽ばたき音が乱れ、失速し、僕の周りで羽毛が大量に散った。辺り一面がキラキラと舞う光に包まれている。何が起こったのか分からないまま、僕は空中で反転、回転、急降下している事に気付いた。もう激しい風圧しか感じない。体の姿勢を気にしている余裕なんかない。
「マスター! ツカマレ!」
かすかな声に、僕の体が反射的に反応した。僕は何か毛深い物にしがみついていた。急に風圧から解放される。さっきの女の怪鳥じゃない。太い馬のたてがみのような物だ。
地上に降ろされた僕は、足に力が入らず土の上に倒れた。まだ体が浮遊している感じがする。それでも、地面の固い感触に僕は心底安心していた。うん、マジで死ぬかと思った。
「マスター、ダイジョウブカ?」
鷲のくちばしと鉤爪の足に馬の体と大きな翼の生き物が目の前に立っていた。淡い光に包まれているその姿はファンタジー映画やゲームの中で見たことがあるグリフォンだ。
「……助けてくれたの?」
僕は地面からわずかに顔を上げ、弱々しい声を出した。
「マスターノコエヲキイタ。イトシイマスター、ブジデウレシイ。マスターヲ、ガイスルモノ、ユルサナイ」
僕はグリフォンの鉤爪が掴んで地面に押し付けている物に気付いた。それは僕を襲った怪鳥の引き裂かれた体だった。すでに首は無くなっている。僕は地面に伏せたまま思わず身じろぎした。
「キョウ!」
沙羅が叫びながら駆け寄ってくる。
「……光の聖獣王グリフォン。どうして……?」
沙羅はだいぶ手前で立ち止まった。そこに梓と小次郎も走って合流した。良かった。小次郎も無事なようだ。僕はそう思った。
「マスター、アレハ、テキカ、ミカタカ? テキナラクッテイイカ」
「味方だよ! 食べないで!」
「なにわめいているの? キョウ。何を食べるって?」
と沙羅。その時、グリフォンが掴んでいる怪鳥の体に気付いたようだ。
「ハーピーね。それはあなたを襲った怪物。味方じゃないわよ」
「?」
僕は、グリフォンの声が沙羅たちに聞こえていない事に気付いた。
「マスター、ヒカリノハドウトトモニ」
グリフォンは、そう言って、風を巻き起こし飛び去った。
「良かった無事で!」
沙羅は、僕に抱き付いた。
「わたし、あなたに何かあったら、もう……」
「拙者、一生の不覚。キョウ殿を助け、スペシャルイベントが発生するところだったものを、無念でござる」
と小次郎。何を期待されていたのか考えたくもないけど、そんなイベント絶対無いからね。心配して損したと僕は思った。
「安心したわ。ヴァーチャルキョウの設定が変わるんじゃないかって、心配したもの」
あくまで、ヴァーチャル優先ですか。梓さん。




