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森の賢者ケンタウロス

 朝練と称して沙羅に率いられた僕たちが向かったのは、村から歩いて三十分ほどの森。そこで合奏練習。パーツが足りないし、変な点を数え上げたらきりが無いものの、僕が元いたあの世界の日常が戻ってきたような気がした。


 魔物を狩る時のような攻撃的なリズムではなく、穏やか朝の景色にマッチした旋律の繰り返しに、森の鳥たちのさえずりも加わり、心の底から湧き上がる世界との一体感のようなものを感じた。ああ、僕やっぱりチューバやっててよかった、なんて、呑気なことまで思ってしまう。


 村からついてきたセイナの歌も加わった。セイナの歌を聴くのは初めてだ。言動からは想像出来ないような澄み渡る声で、僕には理解出来ない言葉の歌をつづった。


 「古代の妖精語です」


 というのはルゥちゃんの解説。耳をぴょこぴょこさせながら、歌の意味を簡単に説明してくれた。内容はよくあるおとぎ話だが、僕は、何故か、涙が溢れてきた。



 「どうじゃ。惚れ直したかの」


 歌い終えると歌姫はニッと笑った。


 その時、森の奥から響く不協和音が聞こえてきた。鳥のさえずりがぴたりと止まる。


 「出たわね。オルタ。ゆうべ邪魔してくれた礼、きっちり返すわよ」


 と沙羅。


 「え?」


 「闇の旋律を奏でる反転体。もちろん説明は不要と思いますが。相手はサクソフォン族、強敵です」


 とルゥ。


 「キョウ殿危ない!」


 と小次郎。いきなり、僕、ピンチ? まあ、もう慣れましたけど……



 不気味な騒めきと共に森の中から現れたのは、半人半獣のケンタウロス。人間の上半身に馬の体が繋がっていて、バリトンサックスを抱えている。弓を手にしているケンタウロスもいる。総勢、六騎。僕とルゥちゃんと歌姫は戦力になりそうもないので、数では相手の方が優勢っぽい。


 僕は小次郎に助けられて、つむじ風の攻撃をかわしていた。その風は僕が立っていた場所のすぐ後ろの木を引き裂き倒した。小次郎の片腕に抱きかかえられたままだが、こっちの方が安全そうなので、しばらくの間おとなしくしていようと強く思う僕。


 「ここが我等の領域だと知らぬとは言わせぬ。汝ら、なにゆえの所業だ?」


 金色に鈍く光るバリトンサックスを手にしたケンタウロスがそう叫んだ。


 「それはこっちの台詞よ。お馬さんたち、ゆうべ、魔人に味方したでしょ。しかも、いやらしくただの揺動作戦。どういう了見だったのかしら。我が真名は、サラ=エファソニア=ミショル=カンナ、闇を裂く光の旋律の使い手。返答次第では、頭を揃えて馬肉売り場に並ぶことになると思いなさい!」


 いきなりけんか腰の沙羅。朝練と言いながら、喧嘩売りに来たんですか?


 「名乗りまでされて売られた喧嘩を避けたとあっては末代の恥。死に急ぎたくば、お相手致そう。汝らがこの世で聞く最後の名を知るがよい……」


 凄みを効かせてそこまで言ったケンタウロスの視線が、小次郎の小脇に抱えられている僕に止まって、顔を凝視している。僕、また嫌な予感がするんですけど。


 「……なるほど、マルドゥクの半妖か。確かにこれは相手が悪い。決着は後日」


 くるりと背を向けるケンタウロス。


 「待ちなさい! 逃げる気?」


 「無益な争いを避けるまで。昨夜のことは、ダングレアへの恩義返し。他意は無し。それでよろしいな。光の者」




 「ねえ、何があったの? あのケンタウロス、キョウの顔を見て驚いてたみたいだけど」


 ケンタウロスが去った後、梓はそう言った。


 僕の顔をじっと見るルゥ。


 「ルゥちゃん、どうしたの……かな?」


 小次郎の小脇に抱えられたまま引きつった愛想笑いで誤魔化そうとする僕。


 「半妖は、妖魔の血を受け継ぐ者の一般名です。でも、歴史上マルドゥクという名前の妖魔の記録はありません。その名は、この世界を終わらせるという伝説上の魔獣であり実態は不明。つまり、相入れない二つの言葉を並べる森の賢者流の謎かけかと。半妖という言葉自体、幼い少女の例えで使われることが多いですから」


 と解説するルゥ。パタパタと尻尾を振り始めた。どうやら、気付かれずに済んだみたい。なにやら物騒な事を言ってるけど……


 「相変わらずいけすかない奴。わたしたちを煙に巻いたつもりかしら。ま、一文の得にもならない狩だったからいいけどね」


 と沙羅。だったら、始めから喧嘩売らなくても……


 歌姫は思案顔で無言。


 「キョウ殿を狙う不埒な輩が増えたかと拙者心配致しました」


 おまえが一番不埒なんだよ。いいかげん僕の体を放せよ。


 と、その時、僕は木立の中、素早く動く影のような物を見たような気がした。目を凝らしたが、何も見つからなかったので、その時はさして気にとめなかった。



 村に近づいたところで、小次郎が立ち止まって、沙羅に何か目配せした。


 「沙羅殿……」


 「ええ……」


 沙羅も立ち止まり身構えたかと思うと、振り向きざまトランペットを吹き鳴らした。


 「キャッ」


 子供のような悲鳴が聞こえた方向、木の根元に鹿のような生き物が倒れていた。髪の長い鹿?


 すぐに飛び上がって逃げようとした生き物は、小次郎の投げた縄に足が絡まってもがいている。


 「あんた何者? どうして尾けてきたの?」


 沙羅が馬乗りになって捕まえたそれは、上半身が裸の少女、下半身が仔馬だった。


 「ケンタウロスの子供?」


 「ウッ、ウ!」


 それは、沙羅の手から逃げ出そうとして暴れている。


 「そんな、乱暴に押さえつけたら、かわいそうだろ!」


 僕は、思わず手を出してそれをかばおうとした。


 「オニイチャン!」


 「へ?」


 それは、沙羅の手を振り解き、僕の懐に飛び込んで抱きついた。



 「おやおや、キョウには、ケンタウロスの妹がいたの? それにしてもお兄ちゃん属性までついてたなんて。うププ」


 梓は吹き出し笑いを漏らしている。


 お願いだから、これ以上話をややこしくしないで。誰なの? この子。


 「キョウ、あなたに、懐いているみたいだけど、そんな子、うちには連れて帰れないからね。すぐにケンタウロスの森に返してらっしゃい」


 まるで拾ってきた子猫のように言う沙羅。


 「いえ。その子はケンタウロスではありません。半人半獣のケンタウロスには女性体は存在しませんから」


 と真顔のルゥ。


 「そうじゃの。その子は、幻獣ケルピーの幼体じゃろ。妖艶な女性の裸体を水面にのぞかせ、近づいた男を水中に引きづり込んで食べると言われる妖怪じゃ」


 また物騒なことを平気な顔で言うセイナ。


 「そこを退いて、キョウ! 妖怪なら、この場で退治するわ」


 と凄む沙羅。


 「やめてよ! こんな小さい子を退治だなんて。そんな話、また、伝説に過ぎないんだろ。僕がちゃんと面倒見るからさ」


 僕はその子を両腕でかばった。


 「自分の事ですら何も出来ないあなたが、妖怪の子供の面倒なんて見られるはずないでしょ。小次郎、キョウをそこから引き離して!」


 「拙者も、退治には反対でござる。大義を感じられぬでござる」


 と小次郎は動かない。


 「梓、あなたは?」


 「私は、ヴァーチャルキョウに妹設定があっても良いかなって思うだけ。リアル妖怪には興味が無いけど」


 「ルゥ=サーミン、問います。この子は安全?」


 「差し当たっての危険は感じられません。マスター。もちろん、キョウちゃんには面倒見れないでしょうから、このまま放してしまうのが良いでしょう」


 「多数決に従うわ」


 沙羅はあっさり身構えを解いた。僕はホッとした。小次郎が近付いて、ケルピーの脚に絡んだ縄を解いてやった。


 少女の上半身に仔馬の体の美しい幻獣はぴょこんと飛び上がり、不思議そうな顔で皆んなの顔を見ていたが、すぐに木立の中に駆け込んだ。




 その日は、もう一晩、村おさの屋敷に泊めてもらうことになった。


 沙羅の部屋で目覚めて、まだ数日しか経っていないのに、色々な事が起き過ぎて、あの世界の事が遠い記憶に思えてきた。毎日学校に通っていたことも、吹奏楽の練習に明け暮れたことも。


 あの世界の最後の記憶。吹奏学部の遠征に向かうバスに乗っていた時、窓側の僕の席の前後に沙羅と梓が座っていた。僕たち、何かの事故に巻き込まれたのだろうか。


 僕だけがあの世界の記憶を持ちながら外見が変化してしまったのは転生事故? それとも何かの意味があるの? そんなことも考えてはみるが、それより今は、男になるのか、女になるのかが僕の大問題になっていた。


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