ヴァーチャル・キョウ
「キョウちゃん、ルゥの顔に何か付いてますか?」
村おさから提供してもらった僕たちの部屋は、僕が元いた世界の旅館の一室に良く似ている。座布団も浴衣もあるし、寝具も布団そのもの。八畳ほどの一間に沙羅と梓と僕とルゥちゃんが寝ることになった。もちろん、小次郎は別室に隔離してもらった。
歌姫の注告を受けて以来、ルゥちゃんの視線が気になって仕方ない。その反面、ルゥちゃんがそばにいる限り歌姫に襲われる心配も無いように思えた。
「いや、その……。可愛いメイド服だなって……。ルゥちゃんは浴衣に着替えないの?」
「職務中ですので」
と、ルゥはすまし顔。座布団の上にシーツを広げて、自分用の寝床を作っている。
使い魔っていうから、魔妖石とか魔法のランプみたいな物の中に入って寝るのかと思ってたけど、違うんだ。わりと現実的だと、僕は思った。
「なに、なに? キョウって、意外にメイド服マニアだったりする? 今度、ヴァーチャルキョウの設定に追加しようかな」
湯上りの浴衣姿の梓が前かがみで話に割り込んできた。こうして見ると、彼女も案外胸がある。バストの谷間もしっかり見えている。少年みたいな体形だと思っていたけど、僕の今の体に比べるとずっと女の子らしい。当たり前だよね。
「キョウ、なにそのぼさぼさ頭。綺麗な髪が台無しよ。梳いてあげるからいらっしゃい。ほんと毎日世話焼かせるんだから」
と布団の上に座って手招きする沙羅は、浴衣を着てもさすがのボンキュッボンのお姉さま姿。出ているとこ出てます。長い黒髪はポニーテールに束ねている。
「あーっ! 生キョウのブラッシング。私にもやらせて!」
と駆け寄る梓。また、おもちゃにされてしまう僕。
少女二人と一匹? に囲まれて、まるでハーレムのような生活。いや、違う。微妙に違う。僕は、今、女の子の生活を垣間見ているだけ。部屋の鏡台に映る僕の姿は、湯上りの栗色の長い髪を面白半分にいじられている美少女。人畜無害のお人形さんのようなこの姿だから許される生活。
歌姫の助言通りなら、僕はこのまま女の子になり、今の生活を続けるべきらしい。でも、僕、確かに男だったんだ。あの世界では。そして、今でも男になれるらしいが、実は、その方法は分からない。セイナも、そんなことまでは知らないと言っていた。自分のことだから、自分が一番良く知っていようと。
自分のことが一番分かってないから困ってるんだけど……。方法が分かったとしても、男になって、あのダングレアのような怪物になるなんて絶対ごめんだ。僕の中に流れている妖魔の血って何なの?
正直なところ、突然で突拍子もない事態が多過ぎて、今は、まだ、今後のことまで考える余裕がない。ほんと、僕、どうしたらいいの?
夜半、寝静まった部屋。僕は、まだ寝付けないでいた。右隣には沙羅、左には梓が、静かな寝息を立てている。布団の中でごそごそと寝返りを打つ僕。長い髪が邪魔になって、寝返りも窮屈だ。
「まだ、起きてるの?」
寝ていると思った沙羅が、隣でささやくような声を出した。
「そっち行っていい?」
そう言いながら、すでに沙羅は僕の布団の中に潜り込んでいる。
「いつも、同じベッドで寝てるでしょ。ちょっと、狭いけど、こっちの方が落ち着くかなって……」
浴衣が擦れ合い、柔らかい肌も触れて体温を感じる。
「ゆうべは、悪かったわね」
「え? 何が?」
至近距離で顔を覗き込む沙羅の瞳に、僕はどきっとした。
「魔人に襲われそうになったこと。怖かったんでしょ。あれ以来様子がいつもより変だもの」
あ、そのことね。何だか、あのくらいのことは大した事件とも思えなくなっている自分の方が怖い。
「旋律地雷とオルタの罠を仕掛けられていたなんて、わたしとしたことがうかつだったわ。でも、良かった。キョウがチューバを吹いてくれたおかげで、すんでのところで駆け付けられて。あの後、小次郎を押しとどめるのに苦労したけど」
沙羅は少しだけくすくすと笑った。こうして、同じ布団の中で見ると、すごく可愛い。金貨を積み上げてにたついていた沙羅とは別人のようだ。
「サラ、僕……」
「ん?」
「いや、なんでもない」
「何よ。言いかけたなら、ちゃんと言いなさいよ。じれったいわね」
あれ、僕、どうしちゃったんだろ。夜目に慣れた目で、沙羅の瞳を見ているうちに、意識が吸い込まれそうになって、何か重大なことを言おうとしたんだけど……。
「ねえ」
沙羅は、僕の手を握って、指を絡ませてきた。僕も握り返す。しばらくの間、二人無言で、指を絡み合わせた。
「やっぱり、キョウは、キョウね。変わってないわ。安心したかも」
くすっと笑って、そう言うと、沙羅は寝返りで僕に背を向けた。
「明日も早いんだから。早く寝てよ。いつも起こすのに苦労かけさせるんだから。ほんと、世話を焼かせる子よね。……ま、そんなところが好きなんだけど」
そう言う沙羅の背中の柔らかな体温に触れていると、うとうととまぶたが重くなってきた。好きという言葉が心に甘い余韻を残す。もちろんそれは、LOVEではない。わかってる。でも、こんな甘い日常も悪くはないと思えてきた。たとえ、それが刹那的なものだとしても……
「ほっほー。これが生キョウの寝顔ですか。ヴァーチャルキョウの参考に、写真を撮ってと……。パチリ。せっかくなので、SNSにアップさせてもらおうかしら。ね、いいわよね、神無月」
「ふぇ?」
寝ぼけまなこを擦る僕の上に梓が屈みこんでいた。すでに室内は明るい。
「キョウ、揺すっても起きないから、あなたまた、よからぬオモチャにされてるわよ」
と沙羅の呆れたような声。
「よからぬとは、なによ! まるで、いかがわしい目的でもあるみたいじゃない。私は、純粋な気持ちで、ヴァーチャルアイドルキョウのプロモーションに取り組んでいるんだから」
何なんですか、梓さん。そのいかにも怪しい活動は。って、この世界にも写真なんてあるんだ。
「寝ぼけた顔も可愛いのう。その写真、妾にもくれぬかの」
いつの間にか、セイナまで、露出度マックスの歌姫衣装で輪に加わっている。
「んじゃ、秘蔵写真のこれとセットで三百ルードルでどう?」
「三百か、高いのう。でもどっちも欲しいのう」
「なんだよ、その写真って」
僕は、梓が自慢げに手でひらめかしている薄く光る硝子板のようなものを取り上げようとした。
「ダメよ。本人には見せられないわ。恥ずかしくて。ちゃんと、モデル代金は神無月に払ってるんだから。文句があるなら神無月にどうぞ」
「なんで、サラに?」
それに、恥ずかしくて本人に見せられない写真って、どんな写真だよ。
「保護者特権よ。あなたみたいに世話のかかる子を養うにはお金が必要なの」
さも当然の事のように言い放つ沙羅を目の前に、僕、やっぱり、男になって、こんな生活から抜け出したくなった。




