魔人ダングレア その一 帯刀男子は人切りマニア
「楽師の方とお見受けしますが」
翌日、町の雑踏で突然声をかけられた。そこには、中背の恰幅のよい老人が立っていた。
「突然の無礼をお許し下さい。私は近隣で村長を務めている者です」
老人は仰々しいほどの会釈をした。
「キョウ、上客よ。営業スマイル」
沙羅はそう耳打ちした。そう言う彼女は澄まし顔で老人を値踏みするような表情をしている。ルゥは足元で尻尾をぱたぱた振っている。僕は、わけもわからないままひきつったような愛想笑いを作った。
「こんな往来の立ち話では、自己紹介もままなりませんから」
ついてこいとばかりに、老人は先に立って歩き出した。
「サラ、どうするの?」
「上客だって言ったでしょ。行くわよ」
おどおどするばかりの僕を尻目に、沙羅は平然として老人の後について歩き出した。
「魔人ダングレアが村の歌姫に一目惚れしましての、次の満月の夜までに引き渡さないと、村を襲うと」
アンヌの喫茶店のテーブルで、村おさの仕事の依頼を聞きながら、沙羅は僕の顔を見て意味ありげな笑みを浮かべた。僕はまたとっても良くない予感がした。
「分かったわ。歌姫と村人を魔人から守ればいいわけね。うちの楽団のホープ、ここにいるキョウに任せてちょうだい」
と沙羅は、自信たっぷりに僕を指差した。
「え、僕?」
沙羅とルゥが、ウンウンとうなずいている。テーブルの横で話を聞いていたアンヌまで、トレイを胸に抱えたままうなずいている。
ニンマリと僕に笑いかける村おさのエロジジイそのままの顔を見て、僕は背筋に冷たいものを感じた。やっぱり、もの凄く悪い予感がするんですけど。
「さて、先ずはメンバー募集から。報酬は、リーダーのわたしが半分、残りを頭数で割るとして……」
沙羅は、上機嫌で雑踏の中を歩き出した。
「ねえ、キョウ、あなた助っ人に心当たりは……、ないわよね。聞いたわたしが愚かだったわ」
だったら聞くなよ。僕は、内心ツッコミながら、チューバに押し潰されそうに、沙羅を追って歩いていた。
「マスター、用心棒稼業の小次郎はどうでしょう」
とルゥ。尻尾をパタパタさせながら沙羅の足元を歩いている。
「トロンボーンの綾瀬小次郎か……。人斬りマニアと言われているし、この間は、依頼主まで真っ二つにするところだったけど……。まあ、候補に入れても良いかもね。今回は、キョウが主役だし」
いや、その物騒な人物を仲間にして、僕が主役だなんて、そこはかとなく命の危険を感じるんですけど。
「拙者を呼びましたか? キョウ殿」
急に頭上でその声が聞こえると同時に、僕の肩がスッと軽くなった。
見上げると、時代劇から抜け出して来たような着流しの侍姿で長身の男子が、僕を見下ろしている。背中にはトロンボーンとそれよりも長い日本刀を下げている。僕のチューバを片手で軽々と持ち、目が合うと侍男子はにっと笑った。僕は愛想笑いを返すのも忘れて、顔を引きつらせた。危険人物の香りがプンプンするのだ。
「相変わらず、可愛いらしいですな。キョウ殿。毎度のつれない態度も、拙者の心にジャストミートでござる」
言い換えよう。僕は、貞操の危機を感じた。
「さて、あと一人は、出来ればフルートの子が欲しいわね」
沙羅はぐんぐん雑踏をかき分けて行く。足元には小走りのルゥ。そして、僕と小次郎が後に続く。チューバは小次郎が持っていてくれるので、だいぶ歩き易くなった。
「ルゥ、いい子いないかしら?」と沙羅。
「三ヶ日梓はどうでしょう」とルゥ。
それは、僕の同級生のフルート奏者の名前だった。あの世界では幼馴染。ショートヘアが似合うボーイッシュな女の子だ。
「三ヶ日か……。わたし、あの子苦手なのよね。でも、まあ、選択権はキョウにあることだし」
そう言って、沙羅は僕の顔を見ているが、これまでの展開から、僕の意見なんて無視されるのがオチだ。僕は曖昧にうなずくしかなかった。
「きゃー! キョウだ! 生キョウだ!」
ルゥが探し当てた家の中から飛び出して来た梓は、いきなり僕に飛びついてきた。絡んだリボンに足を取られて避け損なった僕は梓に抱きつかれた。
「もう、可愛過ぎるんだから。今もヴァーチャルキョウにこうやって、頰ずりしてたの」
と、抱きつかれたままオモチャにされる僕。この世界の梓は僕より頭半分ほど背が高かった。
「あら、居たの? 神無月」
沙羅の咳払いに振り返った梓は、急に冷めた目になってそう言った。
「ええ、三ヶ日。今回はわたしがクエストリーダーよ。それから、わたしのルームメイトのキョウに汚い手でベタベタ触るのはやめていただけるかしら」
「誰が汚いですって!」
二人の少女は、僕を間に挟んで激しく睨み合った。
「うププ。修羅場ですね。キョウちゃん」
と、ルゥが、僕のスカートの裾を引っ張って楽しそうに笑っている。僕、どうしたらいいの? 何か悪いことした?
「今朝だって、キョウはわたしのオハヨウのキスで目を覚ましたんだから」
いや、そんな覚えはありませんよ沙羅さん。
「ふん。キスくらい何よ。私は、いつもヴァーチャルキョウとあんなことやこんなことして愉しんでるんだから」
いや、だからそのヴァーチャルキョウって何なんですか? 梓さん。キャラ崩壊し過ぎでしょ。
「さあ、今日こそ、私とそこのビッチ、どっちをとるか決めてもらうわよ、キョウ!」と梓。
「誰がビッチですって!」
「あ、あのう……」
居た堪れず、僕は蚊の鳴くような声を出した。
「あなたが、はっきりしないのが悪いんだからね!」
二人の少女は同時に、僕に向かってそう叫んだ。
「紅顔の美少女一人の関心を求めて二人の少女がいがみ合う。人間の浅はかさここに極まれり。キョウ殿、拙者にお任せを。どちらか切って差し上げよう。なんなら二人とも。そして拙者と駆け落ちを。嗚呼、愛する者のためとはいえ、罪を犯したこの身と薄幸の美少女の旅は、人目を忍び……」
小次郎は刀の柄に手をかけて自分の世界に入り込んでいる。
いや、お前が一番物騒で面倒な問題だ。僕は小次郎を両手で押し留めた。
「とるとか選ぶとか、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ? えっと、そうだ、村の歌姫だよ。歌姫を助けに行くために皆んなで協力しなきゃ」
僕は、そう言いながら文字通り火花を散らしている沙羅と梓の間に割って入った。二人の足元には火花に焼かれた哀れな虫たちが転がっている。
「マスター。大変です。キョウちゃんがまともな事を言いました」とルゥ。
「やっぱり熱があるのかしら。でも、もっともだわ。歌姫を助けないと報酬も貰えないし。三ヶ日、今日のところは引いてやるからありがたく思いなさい」
と、長い黒髪を搔き上げて高慢な態度を崩さない沙羅。
どんだけこの世界の僕のキャラ壊れてるの? 僕はそう思いながらも、先頭に立って歩き出した途端、石につまづいて転びそうになった。ところで、行き先どこだっけ? ……ルゥちゃん教えて。
村までの道のりで、何体かの魔物っぽいものに遭遇し、僕は、この世界での戦闘システムについて学んだ。この世界では、楽師の奏でる旋律が魔法の波動となって敵のエネルギーを奪うのだ。
いざ戦闘となると、沙羅のトランペットと梓のフルートは絶妙なアンサンブルを奏で、敵をなぎ倒す。あれだけいがみ合っていたのが嘘のようだ。ルゥちゃんの解説によると、沙羅の旋律戦闘力は、Sランクで、宮廷楽師に匹敵するレベルらしい。それがどの位すごいことなのか、僕にはイメージ出来ないが、魔物をなぎ倒す速さを見るだけでも敵に回したらヤバイということだけは理解出来る。
小次郎のトロンボーンは、飛行する魔物に有効な飛び道具、僕のチューバは、後方からの攻撃支援と全体効果があるらしい。戦闘経験皆無の僕でも、吹奏楽部の連日の練習で身に着けた沙羅や梓の主旋律をサポートするベース奏法で戦闘に加わることが出来た。
村に着くころには日が暮れていた。入り口で依頼主の村おさの出迎えを受けて早速、歓待の食事。畳のような物が敷き詰められた大広間だった。その席で、今回の事件の当事者である歌姫が紹介された。
謎めいた美少女という表現がぴったりの子で、ブロンドに色鮮やかな髪飾りと黒い紗を付け、肌の露出の多過ぎる衣装で、金銀の鈴がついた杖を持って楽師達の前に座った。名前はセイナ。
「歌姫は、神に仕える神聖な身で、各地方の守り神の依り代でもあるんです」
と解説するルゥちゃん。
なるほど巫女のようなものらしい。どうりで不思議な雰囲気をまとっている。
「妾の身代わりになるというのはそなたじゃの。殊勝なり。褒めてつかわすであろう」
歌姫は、僕の顔を凝視して、鈴を転がすような声でそう言うと、口に手を当ててホホホと笑った。
雰囲気だけじゃなく、頭の中も不思議ちゃんだと確信する僕。いや、それよりも、今なんて?
「ちょっと待って、身代わりって……」
思わず身を乗り出した僕の肩を沙羅と梓が両側から手で押さえた。
「安心して、キョウ。わたしたちがちゃんと守るから、あなたは箱の中で座っているだけでいいのよ。ね、楽な役でしょ? 魔人には、あなたに指一本触れさせないわ」
「ええ、魔人ダングレアは高位のデーモン。指一本でも触れられたら即死級の魔力を持った怪物ですから当然です」
と犬耳をピョコピョコさせながら真顔で怖い事を補足するルゥ。
ルゥちゃん、ナイスフォローなんて言ってる場合じゃないよね。




