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妖精ピクシーと迷子のケルベロス

 「で、どうして、僕、チューバを担いで歩かなければならないの?」


 雑踏の中を歩きながら、僕は、愚痴をこぼした。


 元の世界の吹奏楽部では、僕の担当楽器はチューバだった。そして、なぜか今、僕はその巨大な金管楽器を背負って異世界の町を歩いている。あの世界よりだいぶ身体が小柄になっているので、まるでカタツムリが貝殻を背負って歩いているように見えると思う。


 沙羅に着せられた魔法少女のような飾り物の多いひらひらした服は動き難い。大きなリボンとかマフラーとか、絡みついて転びそうになるし、ミニスカートの足元はスースーするしで、僕は泣きそうになった。


 この世界の住人の記憶の中では、キョウという人間はずっと女の子としてこの世界で暮らしていたらしい。僕が男の子として生活していたあの世界の記憶を持っているのは僕自身だけなので、性別不明でも、言われるまま女の子として振る舞うことにした。この外見で、男だと言ってみても、全く説得力無いと思うし、かと言って、裸になってまで主張すべきではないと思えた。


 早朝だというのに、通りは人で溢れている。いや、中にはとても人間には見えない者もいる。まるで、ファンタジー映画の撮影セットの中に紛れ込んでしまったみたいで、僕のコスプレのような姿も目立つことはない。


 最初は驚き、恐怖も感じたけど、もう慣れてしまった。我ながら順応性の高さに驚く。


 「用心のためよ。町中でも油断は禁物」


 雑踏の中、真っ直ぐ前を向いたままの沙羅はそう言った。彼女は、片手にトランペットを持っているだけで、ショートパンツに普段着のような身軽な姿だ。


 「用心って……」


 僕は、近くを通りすぎた大男の姿を振り返った。身長は僕の倍近くあり、全身を黒い布で覆っているが、露出している部分は緑色の岩肌のようだった。背中に大きな剣を担いでいる。


 あんなのが暴れだしたらたまらない。恐る恐る見ているうちに振り返った大男と目が合ってしまい慌てた。


 一瞬立ち止まった大男は、厳つい風貌に不似合いなほど礼儀正しい会釈をしただけで歩き去った。


 この世界では僕たちは楽師と呼ばれ、特別な職業だと、市場を見て歩きながら犬耳使い魔のルゥちゃんが解説してくれた。彼女はとっても物知りだ。楽師は旋律魔法を使って魔物と戦ったりもするらしい。


 街角の喫茶店に入って、僕はようやく一息ついた。



 「いらっしゃい。沙羅。キョウちゃんも一緒ね。嬉しいわ」


 メイド服の店員さんが笑顔で迎えてくれた。柔らかそうなブルネットをボブカットにした笑顔の可愛いお姉さんだ。


 「アンヌ。仕事の依頼来てない? 出来れば、大口の案件がいいんだけど。今月ちょっとピンチなのよ。キョウに、お金掛かっちゃってさ。美容室でしょ。服に、食費も」と沙羅。


 「そうね、これなんかどう? 庭の木に巣を作った翼竜ワイバーンの駆除」


 アンヌと呼ばれた店員さんは、副業として楽師への仕事の紹介や仲介をしているようだ。むしろ、そちらの方が本業なのだろう。慣れた手つきで、紙の束の中から一枚の書状を選び出した。


 「わたし、飛び物苦手なのよね。それにしても、ワイバーンが巣を作るまで庭を放置していたって、どんな依頼主よ。まず、そいつから駆除したほうが世の中のためだわ。そういう輩に限ってつけあがるから」


 「じゃ……、これなんかどう」


 依頼主に危害があっては大変だと思ったのだろう。アンヌは笑顔でごまかしながらすぐに別の紙を選び出した。


 「報酬五千ルードル。いいわね! 依頼内容は、と……、ペットの捜索? 特徴、犬科、頭の数三つ。好きな食べ物、生きた牛、って、これペットじゃないでしょ。立派な化け物よね」


 「うん。まあ、でも人間にはよく懐いているらしいのね」


 「分かったわ。これにしましょう。行くわよ、キョウ」


 沙羅に手を引っ張られて歩き出す僕。異世界で目覚めた早々いきなり、化け物探しだなんて、不安と命の危険しか感じないんですけど。




 町の城門を出て、三十分ほど草原の中を歩くと、依頼者の家があった。周囲をぐるりと高くて頑丈な塀で囲まれている。農場主の屋敷らしい。ほぼ一時間ほど歩き続けで、僕すでにへとへと。


 「名前は、ケロちゃんって言うんです。これが写真です」


 依頼主は、この家の奥さんだった。差し出された光るガラス板には、奥さんの姿、そして、その背丈の二倍ほどの高さの三つの巨大な頭が映し出されている。うん、間違いなく化け物だ。


 「農場を荒らすオーガを狩るために飼ってたんですけど、三日前から姿が見えなくなって、どこかで狂暴な野獣に襲われていないかと心配で……」


 と、涙ながらに語る奥さん。どこかで善良な生き物を襲っている心配をした方がいいと思うんですけど。



 「ルゥ、足取りはつかめそう?」


 屋敷の庭のケロちゃんの小屋、と言っても普通の一軒家よりずっと大きい、をひとしきり調べた後で、沙羅が尋ねた。


 ルゥちゃんは、犬耳をピコピコ、鼻をクンクン鳴らしている。すごい、警察犬みたいな捜査が出来るんだと僕は感心した。


 「いま、目撃情報をネットで検索しています」


 とルゥちゃん。検索かい! この世界にもインターネットとかあるの? ま、そっちの方がすごいし、確実だとは思うけど、ファンタジー的にどうよ……。魔王がブログ作ってたり、SNSが炎上したりするの?


 「捜索対象のペットは、ケルベロスです。昨夜、近辺の集落で山羊三頭が襲われる事件が起こっています。幸い人的被害は報告されていませんが、出来るだけ速やかな捕獲が必要と判断されます」


 ルゥちゃんが突き止めたケルベロスの居場所は意外に近かった。依頼主さんと屈強な屋敷の使用人五人と共に向かった先はうっそうとした森。うん。どんな化物や妖怪が潜んでいても不思議じゃない。


 「出番よ。キョウ」


 沙羅はそう言って、トランペットを構えた。


 「出番って……?」


 「おびき出すの。合わせて」


 沙羅は、トランペットで旋律を奏で始めた。その音を受けて、僕は体が自然に反応しチューバでベース音を合わせた。あの世界の部活で毎日繰り返していた合奏練習。指と体が覚えている。女の子の体になって肺活量が足りないが、なんとか演奏を続けることは出来る。


 沙羅は何度も一緒に練習したことがある穏やかなリズムを刻む。すると、森の小鳥たちもリズムに合わせてさえずり始めた。これが旋律魔法? この世界では音が特別な意味を持つらしい。心が甘い旋律で満たされてゆく、そんな感じがした。


 しばらくすると、森の中から木の幹を揺るがす唸り声が聞こえてきた。そして、暗い森の中から目玉を光らせた三つの巨大な頭を持つ怪物が姿を現した。


 「ケロちゃん! 良かった、無事だったのね」


 依頼主さんが使用人と共に駆け寄ろうとした時、ケルベロスが三つの口から勢いよく炎を吹き出した。


 「……どうして? ケロちゃん。今まで炎なんて吐いたことないのに……」


 依頼主さんは、その場でへたへたと座り込んでしまった。ケルベロスは、森を揺るがすような吠え声を上げた。とてもじゃないが、人間に懐いているようには見えない。


 「近づかないで!」


 沙羅は、そう叫んで、トランペットで、攻撃的な旋律を奏で始めた。


 途端に、ケルベロスは巨体をもだえさせ、土煙を上げて地を這った。


 「マスター! これ以上の攻撃は対象の生命力を奪ってしまいます」とルゥ。


 「キョウ! ベース音の援護を続けて!」


 沙羅は、演奏を止め、ケルベロスに向かって猛然と走り出した。


 「我が真名は、サラ=エファソニア=ミショル=カンナ、光の旋律の使い手! その名をもって命ず、その息を氷とし地に伏せ、麻痺せよ!」


 土の上に片手を突いた沙羅の体が光に包まれ、ケルベロスは動きを止めた。しかし、その時、別の旋律がケルベロスの背後から聞こえてきた。甲高いピッコロの音色だ。


 「マスター! オルタの攻撃です!」


 「しまった! 避けて。キョウ!」


 沙羅の叫びを聞いた時には、すでに、ケルベロスの巨体が僕の目の前にあった。一瞬の出来事で、何が起こったのか分からないまま、僕の意識は遠くなっていた。



 気が付いた時は、ふかふかの毛皮の上に横たわっていた。半身を起こして、そこが森の中をゆっくりと歩くケルベロスの背中の上だと分かった。目の前に、とんがり帽子を被った小人が座っている。背丈は僕の半分ほど。目だけ異様に大きくぎょろぎょろと動いていた。背中には薄い半透明の羽根が生えている。


 「お目覚めかい。僕はピクシー。君は、男の子? それとも女の子?」


 そう言うピクシーは、悪戯っぽくクスクスと笑った。耳まで裂けそうな口の中に牙が並んでいる。人間じゃないことは確かだ。


 「どっちでもいいとは思うけど、人間って、そういうこと結構気にするでしょ。だから、一応聞いておこうっと思って。だって、君、どっちか分からないんだもの」


 うん。実は、僕自身にも分かってない。それはもちろん、問題だけど、今は、それよりも……


 「僕をどこに連れて行く気?」


 「別に。どこでもいいさ。ピクシーは気まぐれなんだ。知ってるだろ。今は話相手が欲しかっただけ。このケルベロスを捕まえたんだけど、この子話し相手にはなってくれないんだ。そこで、丁度良かったよ。僕好みの人間のとっても可愛い……男の子か女の子を捕まえることが出来て。


 君、僕と一緒に旅をしてくれるよね。もちろん、断ったら、ケルベロスの餌にするよ。君みたいに可愛い子を餌にするなんて、もったいないでしょ。


 それに、三つ頭があるから、食べさせる時は、三等分に切らなきゃだめなんだ。僕にそんな面倒くさいことさせないでよね」


 ピクシーは、そう言って悪戯っぽく笑った。いや、マジで、勝手に旅に連れてくとか、三枚おろしにするとか無理。でも、悪戯っぽい笑顔の裏の残忍な表情は、冗談で言っているわけではないことを物語っている。


 逃げるしかない。僕は、そう決心して、ピクシーが脇に抱えているピッコロに目を止めた。


 丁度その時、ケルベロスが何かにつまづいたように背中が大きく揺れた。僕は、ピクシーに飛び掛かり、ピッコロを奪った。そのまま、ケルベロスの背中から滑り降りる。


 「人間が、闇の旋律を奏でるオルタピッコロを奪ってどうするつもり?」


 武器さえ奪えば大丈夫と思っていた僕の前に、ピクシーは、余裕の表情で飛び降りてきた。あわれむような薄ら笑いを浮かべている。


 「返してもらうよ。可愛い人間の男の子か女の子相手に、あまり手荒い真似はさせないでね」


 飛び掛かってきたピクシーに向かって、僕は、思いきりピッコロを吹いた。ピッコロの練習は一度しかやったことないが、体が覚えていた。しかし、僕の頭の中のイメージとは全く違う音色が奏でられた。禍々しいとでも表現すべきだろうか。


 ピクシーは、素早く身をひるがえし、ケルベロスの体の反対側まで飛びのいていた。その顔には、さっきまでとは正反対の焦りと驚きの表情があった。


 「君、何者? 人間じゃないね。まあ、いいさ。残念だけど、ケルベロスの餌になってもらおう」


 ピクシーが口に指をあてて鋭く口笛を吹くと、ケルベロスが骨を揺るがす吠え声と共に僕に向かって襲い掛かってきた。僕は、再びピッコロを吹いたが、ケルベロスの動きは止まらない。どうして? さっきは、沙羅のトランペットで簡単に倒れたのに……。僕が下手だから?


 ケルベロスの巨大な口が僕の頭をぱっくりと飲み込んだ。終わった。僕の異世界生活。


 でも、様子がおかしい。ケルベロスは、まるで飼い主にじゃれつく子犬のように僕の全身をあま噛みしているだけだ。三つの頭が争うように僕にじゃれついている。


 「世の中には色々と規格外な生き物がいるものだね。僕のピッコロを返して。そうしてくれたら、僕は今ここで見たことを全て忘れて退散する。妖精の誓いは破れない。知ってるだろ。君はそのケルベロスと共にあの暴力娘のところに帰るがいい。いずれ、僕と一緒に旅に出ていれば良かったと後悔するだろうけどね」




 僕は、ケルベロスの背中の上で揺られて森を出た。ふわふわの暖かい毛に包まれていると途中眠くなってきた。ケルベロス、いやケロちゃんは、依頼主さんの屋敷まで自分で歩いて戻っていた。


 ケロちゃんから降りると、依頼主さんは涙をボロボロ流しながら感謝の言葉を並べた。僕は、ケロちゃんにすっかり懐かれてしまい、引き離すのに一苦労だった。不思議なもので、懐かれると、可愛い生き物に思えてしまう。


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