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異世界での目覚めの朝

 「キョウ、起きて。朝だよ」


 目を開けた僕の視界には、くすんだ色の天井をバックに神無月沙羅の顔が写った。夢? まばたきをしてまぶたを擦る。もう一度目を開けると、カーテン越しの朝日に照らされた室内で神無月のくっきりした瞳に焦点が合った。


 「どうしたの? キョウ。不思議なものを見るような顔。悪い夢でも見た?」


 そう言って、神無月は眩しいほど綺麗な笑顔を見せた。長い黒髪をまとわり付かせた透き通るような白い肌は胸から下が薄手の毛布にくるまれている。軽く胸に添えた手、柔らかな逆光が、彼女の女性的なボディラインを際立たせている。


 「今朝は、市場に行って、食料品を仕入れようって言ってたでしょ。たまには、まともな食事がしたいもの。あなたの料理の腕前に期待したわたしが愚かだったわ」


 ベッドで横になっているその室内に全く覚えが無かったし、同級生女子の神無月と一緒にお泊りをしたなんて、そんな大胆な記憶も僕には無かった。しかも、同じベッドで? 何が起こってるの? これって、夢? ずいぶん、リアルな夢だけど。それとも、電波な彼女の悪ふざけ?


 「神無月……」


 僕がそう言った時、自分の声が自分の声ではないように聞こえた。変声期前の声というか、女の子の声に近い。


 「サラって、呼んでと言ってるでしょ。真名は、サラ=エファソニア=ミショル=カンナ」


 神無月、いや、沙羅は、僕の上唇に人差し指を軽くあててそう言った。その長ったらしい名前は、彼女の中二病設定だ。


 「ゲルソニアの愚者って話、知ってる? ジャイルマでは、子供だましの教訓でしょ」


 と沙羅。ベッドの上に両手をついてのぞきこんできたので、黒髪の房がふわりと僕の顔に落ちた。か、顔近いって……。あ、あの……、胸の谷間が目の前で、毛布から乳房がこぼれ出そうですけど……


 「げるそ……、じゃいるって」


 僕は、ベッドの中で半身だけ起こした姿勢で固まったまま、寝ぼけまなこをぱちくりさせるしかなかった。ドッキリか何かだろうか? あり得ない程手が込んでるんだけど。それとも、誘拐されたとか? 誰に? 何のため?


 「キョウは、ジャイルマ出身だって言ってたでしょ。だから、サルサーンの朝市は、初めてだって」


 「なあ、沙羅。これって、ドッキリか何かのつもりか? いくら沙羅でも度が過ぎると思うけど……。僕、城南中の出身だよ」


 「何、寝ぼけているの、キョウ。昨日、オルタトロンボーンの狩りの時に頭でも打った?」


 「オルタ? 狩りって?」


 「そう、あのボーン、見かけ以上に強敵だったよね。キョウのチューバの支援がなければ、わたしでも苦戦したかも。最後は、力ずくでねじ伏せてやったけど」


 何がなんだか全く状況が理解出来ないまま、沙羅は沙羅のままだと、僕は妙に納得してしまった。もちろん納得している場合じゃない。冗談でも、奇行のレベルが僕の知っている沙羅とは段違いだ。異次元のレベルだと言っても過言じゃない。いや、異世界。……どっちでも同じか。沙羅の中二病に巻き込まれて、僕まで頭がメルヘンしてしまったとか……。それで、僕の声までおかしくなってるの?


 「マスター。ルゥ、お腹すきました」


 その時、何かが、ベッドの下で声を出した。三角に尖った犬の耳のような物がぴょこぴょこと揺れている。恐る恐るベッドの上からのぞきこんだ僕が見たのは、ツインテールの髪形の少女だった。いや、正確には少女そっくりの生き物の姿だった。小型犬ほどの大きさで、頭には犬耳がぴんと生えていて、尻尾まであるが、ちゃんと二本足で立ち、フリルのエプロン付きメイド服を着ている。


 「キョウちゃん、おはようございます」


 「え、ええっ! 何これ?」


 正体不明の犬耳生物と目が合った僕は、面食らって女の子みたいな声で叫んでしまった。


 「何言ってるの? キョウ。わたしが使役している使い魔のルゥ=サーミンでしょ。これ、だなんてペットか何かのように呼び掛けたら、機嫌を損ねるわよ。最初の第一声はちゃんとフルネームを使わないと」


 「ルゥ、不愉快です」


 「ほら」と、なぜか得意顔の沙羅。


 「え、あ、ごめん。そういうわけじゃなくって……」


 僕は、ふくれ面になった犬耳使い魔の機嫌を直そうと、顔の前で手を振って思いきり曖昧な笑顔を作った。


 「今朝のキョウは、いつにも増して変よ」


 「同感です。ラフレックスの粉を浴びた後遺症かもしれません。幻覚作用があるといいますから」


 とルゥ。ぴょこぴょこと犬耳を動かして、クンクンと鼻を鳴らした。沙羅は僕の肩に両手をのせて顔を近付けてきた。


 「サ、サラ、朝早くから、こんなところで……、僕たちまだ……」


 目と鼻の先まで近付いた沙羅に僕はドギマギした。沙羅は無言で額をぴったりと合わせた。


 「だいじょうぶ。熱は無いようね。すぐ正気に戻るわ。さあ、いつまでもこうしちゃいられない。市場に行かないと」


 沙羅は僕に背を向けて、朝日に輝く窓を逆光にその場で着替え始めた。


 「ちょっ……、サラ! いくらなんでも、いきなり目の前で着替えるなんて」


 僕は、慌てて声を出した。彼女の豊満な裸のバストまで見えそうになって目を手で覆うふりをした。


 「何、恥ずかしがってるの。女の子同士で。わたしの裸くらい見慣れてるでしょ。そりゃ、まあ、あなたがペチャパイをコンプレックスに思っていることは知ってるわ。でも、貧乳もステータスよ」


 「……? 女の子、どうし?」


 僕は、その時初めて、部屋の隅に置いてある鏡に映る僕自身の姿に気づいた。寝乱れたままの淡い栗色のストレートヘアをベッドの上まで垂らして座っている異世界的美少女の姿がそこにあった。ファンタジー物のエルフのような姿だ。碧玉のような緑色の瞳の目が大きく見開かれてこちらを見ている。


 「えっえええ!」


 思わず叫び声を上げてしまった僕は、沙羅とルゥに思いきり睨まれた。


 触ってみると微かに胸の膨らみがある。沙羅に言われる通りのペチャパイ。そして、恐る恐る自分の股間を触った僕は、叫ぶことも忘れて、絶句した。


 付いているのだ。アレが。申し訳程度に。こんな体なのに?


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