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プロローグ

 これは夢なんだ。はっきりそう思える夢を見ることがある。目が覚めると、ストーリーも内容も溶け落ちた後で、ただ漠然とした不安のような居心地の悪さだけが残っている。まるで、自分が自分でないような。これもそういう夢なんだ。僕こと、如月キョウは、そう思って、目の前に立つ長身の何者かを見ていた。


 「よく来たね。キョウちゃん。待ってたよん♪」


 ファンタジー映画の中から抜け出してきたような風貌の長身の人物が、草原に立って、細長い手を差し伸べている。もちろん、僕はその人物を知っている。でも誰だか思い出せない。だから夢なんだ。草原は鮮やかな緑色の森に溶け込み、紺碧の空に繋がっている。柔らかい草の穂を撫でるようにキョウは手を差し出し返した。


 「あれ? どうして、僕、女の子の服を着てるんだろう」


 袖にはヒラヒラのフリルと乙女チックな縫い飾り、草叢に立つ足元はスカートに覆われている。栗色の長い髪がふわりと風に舞った。小さな花びらの黄色い花が草原の至る所に群生していて綺麗だなと思った。


 「また派手にやらかしちゃったそうだね。キョウちゃん。異質なる者たちが目を光らせているんだから、もう少し能力をコントロール出来るようにならないとね。それに、骨も残さず吹き飛ばしちゃったら、狩った数さえ分からないでしょ」


 僕は、長身の何者かのおどけた口調の声を聞いて、クスクス笑った。ただ可笑しく滑稽に思えたのだ。


 「数える必要なんてあるの? あんな低俗な生き物」


 僕は、そんなことを口に出そうとした。





 「キョウ! いつまで居眠りしてるの? もう、授業終わっちゃったよ。起きなさいってば!」


 同級生の神無月沙羅の声に僕は起こされた。教室の机の上で僕は沙羅に肩を揺さぶられている。頭ががくがく揺れ、おでこが机にごつごつぶつかって、痛いんですけど、神無月さん。


 「本当、世話が焼ける子よね。私があなたの守護精霊でなければ、放っておくとこなんだけど」


 いや、マジで放っておいて欲しいんだけど。僕は、痛むおでこを手で押さえた。


 「なんだよ守護精霊って、神無月。こんな乱暴な起こしかたしといて」


 「サラって、呼んでと言ってるでしょ。真名は、サラ=エファソニア=ミショル=カンナ」


 沙羅は、僕に耳打ちするように小声でそう言った。うん。まあ、こんな子なんだ。転校生で、教室で紹介された時は、すごい美少女だと思った。そう、艶のある長い黒髪を優雅に揺らして僕の前に立つまでは。


 「波動に導かれて来たの」


 初対面の転校生にそう言われた僕は、目をぱちくりさせるしかなかった。教室の中ではくすくす笑い声が聞こえる。


 「あの、波動って?」


 「旋律よ。そこに無自覚な秩序が生まれ、秩序からのゆらぎが自意識になるの。だから、あなたを認識した」


 これって、ぼけ? ツッコミ入れなきゃいけない? つっこみどころ満載というか、どうして僕に? あたふたするばかりの僕を尻目に沙羅は僕の隣の机に座って、何事も無かったかのようなすまし顔を黒板に向けていた。



 「とんだ災難だったみたいね。キョウ。転校生の話、噂になってるよ」


 三ヶみかび梓は、吹奏楽部の部室で、笑いながらそう言った。幼馴染のフルート奏者だ。明るい色のショートヘアに包まれた卵型の顔立ちは可愛く見えることもある。


 「笑い事じゃない。あれは、典型的な中二病だよ。それもかなりの重症。高校生にもなってさ」


 「類は類を呼ぶってこと?」


 「呼んでない! 同類にするな」


 「案外、ネトゲ仲間だったりするんじゃない?」


 「そんなもん、いきなり都合よくリアルで出会ったりするものか」


 「いきなり転校生に告白されて、キョウ、しどろもどろだったって聞いたけど」


 「告白じゃない!」


 「って言いながら、まんざらでもなかったんじゃない? 女の子に告られたの初めてでしょ。すごい美少女だって話だし」


 笑顔でからかう梓に否定出来ないのが悔しいけど、あれは断じてそんなもんじゃないから。あんな、頭のネジが緩んだ女の子の言う事なんて……。担当のチューバを両腕に抱えたまま、そう思って僕が反論の言葉を探している時、部室のドアが勢いよく開いて、沙羅が現れた。


 「はい、はい。みんな、新入部員を紹介しまぁす。一年三組に転入してきたばかりの神無月沙羅さん。担当の楽器はトランペットだよ。みんなよろしくね」


 部長に紹介されている間も、沙羅は、真顔で僕の顔を見つめていた。


 「如月キョウの守護精霊です。訳あって真名を名乗ることは出来ないことをお察しください」


 沙羅は吹奏楽部の全部員の前でそう言った。


 「キョウ君と同じクラスだよね。あ、はは……、お知り合いって、ことかな?」


 「はい。何か問題でも?」


 沙羅は、真顔で、部長にそう言い返した。



 まあ、出会いはそんな感じだったけど、それから、僕と沙羅は、部活に打ち込む日々を共にしていた。



 うん。そうだったはずなんだけど、ある日、僕は、異世界で目を覚ましたのだ。


 アンティークな飾り窓から外を見ると、西洋風でファンタジーな景色が広がっている。起伏の多い街並みに尖塔が目立ち、石造りの城壁もある賑やかな町だ。空を飛んでいるのはカラスではなく竜の様な生き物の姿だ。普通の高校一年生の男子生徒だった僕の記憶の中にある世界ではない。


 不思議なのは目に映る風景だけじゃない。僕自身の姿も、男の子ではなくなっている。あろうことか、外見はファンタジー風美少女なのだ。性別は正直なところ自分でも分かっていない。そして、生物学的には……、人間ですらないかも知れない。


 僕は、この不思議な世界で沙羅に起こされた時のことを思い出していた。



 * * * * * ♪


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