カウル=エディバラ=ランドワール
駅馬車はランドワール領に着いた。伯爵の居城を囲む城下町はそれなりの賑わいと活気にあふれていた。
途中、心配していた盗賊団の襲撃も無く、安心したのもつかの間、終着駅で、馬車はものものしい完全武装の衛兵に取り囲まれた。
「どうしたのいったい? わたしたちまだ騒ぎを起こしてないわよ」
いち早く異変に気付いた沙羅は馬車の中で身構えている。やっぱり、騒ぎを起こすつもりだったんですか?
馬車の馭者はうろたえて辺りを見回している。馬たちも落ち着かない様子で足掻き始めた。
僕の前の座席に向かい合って座っていたカウルが不平そうな顔で舌打ちと共に立ち上がった。
「どうも様子がおかしいと思ってたんだ。オシリス! 街道に防御結界を張ったのは君だね。せっかくハプニングを期待していたっていうのに、ぶち壊しだよ」
「ご酔狂と悪戯が過ぎますぞ。エディバラ殿下。お忍びで駅馬車などに乗った事が伯爵に知れましたら、叱責を受けるのは守役の私めです」
赤に金字の刺繍のローブに身を包んだ背の高い男が衛兵の前に出て来てそう言った。
「やれやれ、空気が読めないのは宮廷魔術士の悪い癖らしい」
カウルは、そう言って、唖然としている僕に振り返った。
「フルネームの紹介が遅れたことをお詫びします。私の名は、カウル=エディバラ=ランドワール。そして、当領主の伯爵は私の兄です」
「……」
「やはり、驚かせてしまいましたか。まずは、ランドワールにようこそ。キョウ=エスターシャ嬢」
「人気のネットアイドル本人が地方巡業のためランドワール領に降臨するという噂がネットで拡散されていたんです。イフに頼んで情報ソースを調べてもらったら、旅程表までリークされていて、急いで、同じ駅馬車に乗り込んだというわけ。俺も、サルサーンに滞在中だったから丁度良かった」
と、屈託の無い笑顔のままのカウル。騙したんだね。口には出せないが、僕はそう思った。驚いたと言えば確かに驚いた。気品がある少年だと思っていたけど、それが伯爵の弟、つまり貴族のお忍び旅行だったなんて。
ここには厳然とした階級社会がある。生まれ持った身分の違いが人の在り方を決める世界だ。カウルの言葉は、それを感じさせないよう繕っているが、正体を知ってしまった後では、道楽で庶民のふりをするのを隠していたとしか受け取れない。
本当に、友達になれそうだと思ってたのに。
ま、騙すのが目的で乗り込んで来た僕に言える筋合いは無いけどね。
先に馬車を降りたカウルは、近づく屈強な体格の衛兵を軽く左手で制し、僕に右手を差し出している。最初意味が分からなかったけど、その手につかまれということだと僕は察した。映画でしか見たことの無い社交界の男性が女性をエスコートする仕草だ。
なんだか癪だ。友達にすらなれない人間だということを匂わせる生まれ持った気品と自然過ぎる態度。男女の違いを決めつけるカウルと彼を取り囲む衛兵の威圧感を目の前に、僕はためらっていた。カウルに従うしかないことくらい分かってるけど……
「キョウ、いつもの営業スマイル。笑顔よ。え・が・お」
馬車のステップで固まってしまった僕に、背後から沙羅が言った。
「梓さんからチャットが届いています。ファンサービスを忘れないようにと」
と、同じく馬車の中から指示するルゥちゃん。
衛兵が盾になって駅馬車を取り囲んでいる外側には、大勢の野次馬が集まっていた。
ファンって、この群れ集まった男たちのこと? この状況で僕何を求められているの?
僕は引きつった笑顔を浮かべ、カウルの手に左手を乗せた。そして、右手を上げて振って見せた。野次馬の中から大きなどよめきと歓声が上がる。こうなったら、ネットアイドルとやらになりきるしかない。もう、どうにでもなれだ。
「いい感じで恥じらって、挙動もいつも通り不自然です」と抑揚の無い声で言うルゥ。
「か、可愛い! キョドってて」とシャルマ。
「キョウ、その調子よ。やっぱり、変に媚びるより、おどおどしていた方が良いわ」と沙羅。馬車の中から顔だけ出して、好き勝手言ってる。
三人とも他人事だと思ってるよね。自分では結構堂々と振舞っているつもりなのに、そんなに不自然に見えるのかな。
「エディバラ殿下、このお方は?」
赤いローブの男が近づいてきて怪訝そうにたずねた。
「キョウ=エスターシャ嬢。兄上の客人だ。馬車に乗っているお三方共に楽師の一行だよ」
と、素っ気なく言うカウル。
「ご来訪の予定も目的も伯爵より伺っておりませんが」
「決めたのは私だ。文句あるかい? オシリス」
オシリスと呼ばれた男は、馬車の中で顔を並べている沙羅、ルゥちゃん、シャルマを順繰りに見回している。沙羅は無愛想、ルゥは無表情、シャルマは思いっきり笑顔でポーズまで決めてる。僕の顔に再度視線を留めたオシリスが眉間に皺を寄せたまま、眉毛だけを微かに動かした。何故かそこにほんの少しだけ奇妙な間を感じた。
「得体の知れない者共を招いて伯爵の叱責を受けるのは私めですからな。少しでも不審な動きを見せたら、拘束だけでは済まされぬと思うがよい」
オシリスは、表情を崩さないまま、僕たちに向かってそう言った。
「待って! 僕たちまだ行くって決めたわけじゃないし。うん、そう。決めた。僕、招待には応じられない! ごめんね、カウル」
「伯爵の居城に潜入出来るせっかくのチャンスだったのに、あなたって子は……」
城下町の宿屋の一室に落ち着くと、沙羅はそう言って頭を抱えている。
「だって、あのままホイホイついて行くのは嫌だったんだ。なんか癪って言うか」と僕。あの後、カウルは再三、城に滞在することを勧めたが、それを強引に断ってしまったのだ。
「妙なところで意地を張っちゃて。まさか、惚れたとか?」と沙羅。
「へ?」
「なになに? キョウが? 誰に? あの、オシリスっていう怖そうな人?」
普通にあり得ないから。勘違いのレベルもそこまで行くと悪意を感じるよ、シャルマ。
「ほら、あの伯爵の弟君。可愛い男の子。旅行の間、親しげだったし、キャビンの中ではずっとキョウと向かい合った席だったでしょ」
シャルマのオシリス発言はあっさりスルーの沙羅。
「い、いや、あり得ないから……。そんなこと、僕……」
「うん、確かに。休憩時間も、二人だけで話し込んでいたよ」と、急に訳知り顔のシャルマ。
「キョウ。あなた、まさか図星? 冗談で言っただけなのに、顔真っ赤よ」
「だから、違うってば!」
「じゃあ、どうしてあんなに意地張ったの? 好意で招待してくれただけでしょ。むげに断って、失礼だと思わなかった?」と沙羅
僕、そんなことを、あなたに指摘されたくありません。失礼の意味分かって言ってる?
「なんか、さ。子爵令嬢もカウルも、お忍びでとか言って、無理に庶民に合わせてやってる的な感じが嫌と言うか……。それを黙ってたんだよ。三日間、ずっと」
「そうかな、そういうふうには感じなかったけどな。わたし、あなたみたいに親しく話してないし。黙っていたのは気を使ってくれただけじゃないの。それに、あなた、伯爵の弟をファーストネームで呼んでるわよね。やっぱり、怪しいわ」
「ち、違う、そんなんじゃないって言うか……」
「キョウ、照れてる。可愛いい!」とシャルマ。
だって、カウルは、女の子に興味が無いからとは言えなかった。そういう発言は、本人の口からしか言ってはいけない気がするし、僕自身の言い訳にはならない。
ちょっと強引なところがあるカウルの態度も嫌いじゃない。だけど、身分を隠して、ずいぶん踏み込んだ話までしていたのは許せない。その上、いい友達になれそうだなんて……、どんなつもりで言ったのだろう。
「ま、いいわ。ただし、キョウには責任とって、色仕掛け作戦を実行してもらうわよ」と沙羅。
「だから、何なんだよ、その怪しい作戦って」
「スパイの定石、ハニートラップよ。先ずは、手短なところから、あの弟君に罠を仕掛けてもらうからね」
「無理! どんないかがわしい罠を考えているのか分からないけど、絶対、嫌だ! 何? スパイって」
「何が無理なの? 大金がかかったビジネスなんだから、割り切ってもらうわよ。私情をはさまないで! いかがわしいって、何よ。キョウが勝手にいやらしい事考えているだけでしょ」
と、いつにも増して有無を言わせない態度の沙羅。
「沙羅、ヤキモチ焼いてるの?」
シャルマが急にそんな怖いもの知らずの発言をした。
「はあ? わたしが誰にヤキモチですって?」
「だって、キョウにずいぶん辛く当たってるから」
「わたし辛くなんて当たってません! べ、別に、キョウが誰を好きになろうと、わたしには関係無いんだから。変なチャチャ入れて混ぜかえさないで! これは、ビジネスなの」
「マスター。イフ=レーミンから返信が来ました」
そこで、ルゥちゃんが口を挟んだ。とても悪い予感がする僕。それって、カウルの使い魔の名前だよね。
「思ったより早かったわね。返事は?」
「待つ。と」
「商談成立ね」
そう言って、コロリと機嫌を直した沙羅は僕の顔を見てにっと笑った。
「今度は何? 商談って?」
「大したことじゃないわ。デートの申し込みをしただけ。出番よ、キョウ。早速、着飾ってもらうわ」
デ、デート? カウルと? 僕? 嫌だって言ってるのに……。こんなこと、勝手に決めていいの? 僕の意思は? 無視、だよね……




