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ランドワール辺境伯領

 「あのさ、ランドワール伯爵本人に接触しなければ話し始まらないんだよ。安請け合いしてどうするつもり?」


 子爵令嬢と黒執事が帰った後の喫茶店で、僕は、そう言っていた。貴族の縁談を妨害する仕事だなんて無謀としか思えない。Sランク戦闘力の沙羅が得意な魔物退治とは勝手が違うのだ。


 「簡単でしょ。色仕掛けよ」


 と、あっさり言う沙羅。椅子に座ったまま、子爵令嬢の前金を勘定するのに忙しそうで、目も上げようとしない。


 「あ、そう。じゃあ、沙羅頑張って。僕、影ながら応援してるし」


 「何言ってんの。わたしがそんな破廉恥な事するわけないでしょ! キョウ、あなたがやるのよ」


 ようやく顔を上げた沙羅は、僕と目が合うと、にっと笑った。毎度の事ながら、金貨を前にすると人格が変わる沙羅。今、破廉恥って言いましたよね。ハッキリと。それを僕にやれと? 僕、色気なんか使えるわけない。ぜーったい無理だから。まだ完全に女の子になったわけじゃないし……


 「まあまあ、キョウちゃん、そんなに深刻に考えなくても。サクッと気を引くだけでいいんじゃない? ね、潜入した後は、沙羅ちゃんに任せればいいんだから」


 プルプルと震わせている僕の肩に軽く手を置いて、笑顔でフォローしているつもりらしいメイド服姿のアンヌ。あんたもグル? 味方だと思ってたのに……


 相手は、あの子爵令嬢に求婚するような男だよ。正常な神経と健全な精神の持ち主とはとても思えない。そんなのに色仕掛けだなんて、万が一、捕まりでもしたら、僕、色々な意味でやばいんですけど。


 「もしもだよ、相手が変に誤解して、ややこしい事になったりしたらどうするの? バレちゃうかもよ、その……、妨害工作とか……」


 「だいじょぶ。問題ない」と、簡単に受け流す沙羅。


 「うん。だって、ほら、キョウちゃん、女の子にしか興味無いから」


 と、さらりと笑顔で言うアンヌ。


 いや、問題ありありなんですけど、その発言自体。事実と言えば、事実ですけど……


 「まあ、僕達一般人が、貴族にお目通りなんて、そう簡単に出来っこないし……」


 と独り言で安心しようとする僕。


 「その点は任せて」


 いつの間に現れたのか梓。


 「三ヶ日、あなたまでどうしてここにいるの?」と沙羅。


 「コーディネーターに頼まれたんだよ。今回は、私、後方支援だけど、ランドワール伯爵との接点は私が手引きしてあげる」


 と梓。コーディネーターって……、ニコニコ笑顔で立っているアンヌだよね。今回のようなお仕事紹介の場合、彼女が仲介手数料として、報酬の一割を取ると、ルゥちゃんが補足してくれた。やはり、地獄の沙汰も金次第ですか……。梓の手引きだなんて、例によって嫌な予感しかしないんですけど。




 ランドワール伯爵領までは定期便の駅馬車に揺られて三日間の道のり。確かに遠い。この世界、インターネットっぽいものまであるのに、電車とかバスは無いの?


 ガスも電気の灯りも無いので、町を離れると、夜は漆黒の闇の中。満天の星空は言葉をなくすほどに綺麗。月は低く、星が落ちてきそうな迫力がある。あの世界では写真でしか見たことがなかった天の河もはっきりと見える。


 不思議と言えば不思議かも。何もかも変わっているように思えるけど、これは僕の知っている地球なんだ。星座は見知った星座のままだし、月の形も満ち欠けも同じ。体感する一日の長さも同じ。それなのに、違う世界。パラレルワールドというものだろうか?


 ネット環境も電気信号ではなく、ルゥちゃんのような使い魔を媒体にした魔力通信網らしい。見渡す限り続く原野の中でも、圏外になったりせず情報にアクセス可能なので、通過中の土地について常時ルゥちゃんが解説してくれる。名物料理とか、名所、旧跡などの観光情報も。


 馬車での旅行なんて初めの経験だ。固い車輪のゴツゴツした感触を予想していたけど、バネ代わりの革のスリングに支えられた客室の乗り心地は揺りかごのようだ。ついうとうと居眠りしてしまっては、沙羅に突つかれて起こされる。


 「魔物や盗賊団の襲撃への警戒が必要です。金目の物を運ぶことが多い駅馬車は彼らの格好の餌食ですから」


 などと、怖いことまで説明してくれるルゥちゃん。危険なフラグ立てるのはやめてね。



 馬車に揺られるのが苦手なレイは、自力で走ってついてくる。半身仔馬だからね。でも、走り続けで疲れないのかな。


 「大人のケルピーは一日千里を馳けると言われていますから、幼体にとってもこの程度は散歩のようなものでしょう」


 と、ルゥちゃん。何気にいろいろすごいレイちゃんだ。ケルピーのような幻獣が人間に懐くことは極めて希で、人前に姿を現すこと自体が非常に珍しいらしい。ずっと一緒にいるので、そんなに珍しい生き物だとも思えなくなっている僕、身体だけじゃなくて、頭までファンタジーしてるな。



 途中、宿場駅で二泊するので、日中ずっと馬車に揺られた疲れも少し癒せる。



 「キョウは、ランドワール領、初めてですか?」


 駅馬車に同乗している少年が休憩所で話しかけてきた。全身を覆う黒っぽいローブを着て、その記章は魔導士のものだとルゥちゃんが言ってた。彼も、ルゥちゃんと同じ大きさの犬耳使い魔を連れている。その使い魔が僕の顔を無表情な青い瞳でじっと見上げていた。


 少年の名は、カウル、使い魔の名前はイフ=レーミン。同乗した時、そう自己紹介してもらった。


 「うん、たぶんね……」


 記憶に無いとも言えないので、僕は曖昧な愛想笑いを浮かべた。


 「いつもブログ見てますよ」


 「へ?」


 「私の兄がファンなんです。ネットアイドルキョウの」


 「あ……、はは」何の事だろうって、もちろん見当は付いてる。梓の仕業だ。僕は愛想笑いのこめかみをピクつかせた。


 「特に無防備な寝顔が可愛いって言ってました。駅馬車で一緒だったなんて言ったら、羨ましがられます」


 カウルはそう言って、クスクス笑った。頭をすっぽりと覆うフードからのぞいた顔立ちは幼顔で可愛らしいものの整って気品さえ感じられる。金髪の美形の少年だ。


 僕にプライバシーは無いのかい、梓。帰ったら、とっちめてやりたいけど、返り討ちにされるのがオチだろうな……。彼女も準Sランクの戦闘力を持っているとルゥちゃんが言ってた。僕はこぶしを握りしめて肩をプルプルと震わせるしかなかった。


 まあ、寝顔くらい、居眠りしている間、この少年にもしっかり見られているよね。べ、別にいいけど……、見られていたと意識すると、妙に恥ずかしい。だらし無く口開けたりしてなかったよね。


 「キョウ、もしよろしければ、私の兄の家に寄ってもらえませんか? 田舎ですし、異郷で女の子ばかりでは心細いでしょう。大したおもてなしは出来ませんが、暖かい食事とベッドくらいは提供できます」


 「え? でも、そんな急なお招きで……、いいの?」


 僕にとっては異世界のさらに辺境の見知らぬ土地、心細いのは確かだし、旅は道連れ世は情けとは言うものの、そんな、いきなり……、話が旨すぎるような。


 「これも何かの縁です。ぜひ。あ……、それから念のために言っておきますけど、下心とか全く無いので安心して下さい。俺、男の子にしか興味無いので」


 かなり大胆に聞こえるBL発言を明け透けに口にする少年。カミングアウトって意気込みでもなく、さらりと言い切った。アンヌといい、この世界では、人前でこういう宣言をするのは普通なのだろうか。だとすると、驚いた様子を見せるのは変に怪しまれるだけだ。男の子を好きだという発言自体、僕にとっては微妙に危ない感じがして、気になるけど。


 「うん。じゃあ、サラに相談してみる」


 出来るだけ平静を装って言った僕の言葉に、カウルは、クスクスと笑った。無邪気で天衣無縫な笑顔。そんな感じがした。


 「あなたと沙羅はどういうご関係なんですか?」


 自身に関する発言も直球だけど、質問もど直球なカウル。


 「特別な関係のようにも見えるし、保護者と被保護者のようにも見えて、不思議なんです」


 「べ、別に、特別とかそんなんじゃなくて、僕たち……」


 「その慌てぶりからすると、告白する前の特別な関係ですね。自分の感情は口に出して言える時に言っておいたほうがいいですよ。ことわざがあるでしょう。愛は後悔する前に語れって」


 ずいぶん立ち入ったアドバイスだけど、本当に、そんなんじゃないから、僕たち。


 正直なところ、あの世界ではそんな想いもあった……、たぶん、お互いに意識し合っていたと思う。そして、僕の沙羅への想いは、今でも記憶のまま。それは、今の生活とは相容れない想いなのだ。


 僕にも、この世界の自分の事が少しずつ分かってきた。記憶だけが別世界の如月キョウのもので、体はこの世界のキョウ=エスターシャのもの。男でも女でもないが、外見はほぼ女の子。そして、たぶん、心も……。


 如月キョウは、年頃の男の子並に優柔不断で引っ込み思案なところもあったが、周りに流され易く、こんなにマイペースではなかった。同調して上手く立ち回る方で、こんなにドジっ子ではなかった。こんなに優しい性格でもなく、見て見ぬ振りが得意で、如月キョウなら、身を盾にしてレイを守ることもなかっただろう。


 記憶が失われているけど、キョウ=エスターシャにも、カウルのような想いを寄せる男の子がいたかもしれない。ふと、そんなことを思ってしまった。


 「互いに同性が好きな者同士、いいお友達になれそうですね」


 屈託の無い笑顔でそう言うカウルに、僕は素直にうなずくことは出来なかった。その笑顔は、逆光のせいで眩しく見え、いつも愛想笑いでごまかす自分が恥ずかしく思えた。


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