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ロマノフェレン子爵家令嬢

 翌日、アンヌの喫茶店に、沙羅、シャルマ、ルゥちゃん、僕、そしてレイがテーブルの片側に寄り集まっていた。


 テーブルを挟んで、身動きに苦労しそうな派手なドレスを着た少女が扇片手に座り、その横に黒い執事服に白手袋の若い金髪の男性が背筋を伸ばして立っている。


 はたから見たらかなり異様な光景に見える自信が僕ある。アンヌの人払いの魔法が無ければ、不用意に入ってきたお客さんが引きつった顔で逃げ出すことだろう。


 「今日は、大事な要件のため、庶民に身をやつし、お忍びで参りましたのよ。私」


 少女が苛立ちを露わに声を出した。年は十三か十四といった感じ。輝くような銀色の髪にカールをきかせ、レースの襟飾りの上でふわふわと躍らせている。口元を扇で隠しているが眼光も言葉同様きつい。これで、庶民を演じていると言うのなら、普段の姿を見るのが怖い。


 「マリアンヌ、分かっていらしてよね。私、楽師を呼んだつもりよ。サーカス団をたのんだ覚えなんて無くってよ」


 「はぁ! 誰がサーカス団ですって!」


 早くも喧嘩腰で身を乗り出す沙羅。目の前の少女は冷ややかな笑みを浮かべている。


 「まあまあ、沙羅ちゃん。ほら、お仕事依頼の契約書のこの部分、よーく見て。ほら、数字がいっぱい並んでて素敵でしょ?」


 さすが、アンヌ姉さん沙羅をなだめるツボをよくご存じで……。沙羅は、むすっとした表情のままながら椅子に座り直した。


 「キョウ、後はあんたに任せたわよ。わたし、営業スマイル苦手だから」


 「は……、はぁ……」


 急に話をふられた僕は、引きつった愛想笑いを浮かべた。


 彼女はロマノフェレン子爵家の令嬢、名前は、ジュリア。本名は長過ぎるので、省略しよう。正直言って覚えてない。貴族のお嬢様で、今回の仕事の依頼者本人だ。


 「あなたが、例のキョウね。ふーん……、大したことないじゃない」


 ジュリアは、僕の顔を無遠慮にじろじろ見るなり、そう言った。


 「はい?」


 「最近話題のネットアイドルのモデルでしょ。期待して損したわ」


 うん。ネット云々は梓の仕業に間違いない。僕の引きつった愛想笑いがこめかみ辺りでピクピクと震えた。


 「あなた程度の女の子くらい、お城のメイドの中に掃いて捨てるほどいるわ」


 「すごいね! 本物のお姫様だね。きっと、パンツまで豪華なんだろうね」


 と、物怖じという言葉を知らないシャルマ。ほら、執事さんが怖い顔してるってば。


 「下賎な平民の間ではそんな冗談が流行ってるのかしら。全く笑えないわ」


 ジュリアは冷たい侮蔑の視線を目の端からちらりとシャルマに投げた。まるで、見るだけで目が汚れるとでも言いたげだ。その表情を見て僕の中で何かがぷつん切れた。


 「下賎とか、平民とか、貴族とか関係無いんじゃないの?」


 僕の口からそんな言葉が飛び出していた。


 「これって、仕事の契約だよね。つまり、お互い対等な立場ってことでしょ? 身分なんて関係あるの?」


 感情を露わにそう言う僕を、ルゥちゃんが目を皿のようにして見上げている。うん。ツッコミを入れたい気持ちは分かるけど、今は黙っててね。



 「口を慎むがよい。女! ジュリア姫の御前で無礼な発言は許さぬ」


 執事が背筋をぴんと伸ばしたまま口を挟んだ。


 「なんだ、やんのか? 黒執事!」


 そう言いながら、僕、立ち上がっちゃった。自分でもびっくりしてるけど。


 「姫。お許しを。この跳ねっ返りの小娘、少しばかり調教の必要がありそうです。すぐに済ませますので」


 執事は、少しだけ身をかがめ、そうジュリアに告げると、僕に向かって一歩踏み出した。


 身構えようとした僕の横でガタリと音がして、風がふわっと舞った次の瞬間、背の高い執事はその背中を後ろに仰け反らせていた。その首にキラリと光る物が見える。レイが執事の腕を後ろに捩上げ、ナイフを首に押し当てているのだ。


 目にも止まらない早業だった。


 「やめて! レイ!」


 レイの無表情な目がちかっと光るのを見て、僕はとっさに叫んだ。命を奪うのに躊躇を知らない目だと僕は直感した。


 レイは、キョトンとした顔で僕を見て、仔馬の足で後ろに飛び退いた。


 「ま、そういうことだから、出す物出すんなら、仕事は受ける。嫌なら、とっとと出てってもらおうじゃない」


 と、どさくさに紛れて凄みをきかせる沙羅。さすがです。出どころは逃しません。


 「いいでしょう。良い余興にはなりそうね。曲芸団の座長さん」


 子爵令嬢は扇を口から離さないままそう言った。




 「私、ランドワール辺境伯に求婚されましたの。まあ、私ほどの美貌と由緒正しい家柄を併せ持つ身、世の高貴な殿方が放っておくはずがない事は分かりきった事でしてよね。


 でも、あのへんぴな田舎に二つ返事で嫁ぐなんて、私のプライドが許しません。確かに、家格では彼方が上ですけど、ロマノフェレン家は歴史ある武家。


 それで、依頼というのは、あなた方に、影ながらこの縁談の邪魔をしていただきたいの。もちろん極秘で。そして、破談にはしないように。


 お相手のランドワール卿は、美丈夫なお方で、お若いのに国王陛下の信任もあつく将来を嘱望されておりましてよ。だから、表立った妨害工作は出来ないの。


 少しばかり時間を稼いでいただきたいの。その間に、私への十分な誠意が試せるか、または、もっと高貴なお方からの縁談が持ち上がるかするまで。


 どう? お分りでしてよね? 話を聞いた以上、否応は命に関わると思いなさい。契約書通り、これは前金です」


 ジュリアは、話し終えると、重そうな袋をテーブルの上にドサッと置いた。


 沙羅は目を輝かせて、僕に右手の親指を立てて見せた。いや、今の話の内容でどんな自信を持てるのか、皆目見当がつかないし、僕、ただ悪い予感しかしないんですけど。


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