冷戦
「…先ほど、彼女がうなされていました」
そうゼノに言葉をかけたヴィンセントは食器をクロスで拭き上げながら深く溜息をついた。
「仕事から帰るといつもああなのです…」
窓枠に腰掛け、夜風に髪を揺らしながらゼノは答える。
「ははっ、相変わらず心配性だねえ」
それから、少しだけ考えて、ゼノは続けた。
「…王子様が編み上げたこの世界はまるで砂糖菓子なのさ。甘すぎて、吐き気がする。…お姫様が本当に欲しがっているのは、平穏なんていう退屈なものではないんじゃないか?」
その言葉にヴィンセントはぴくりと反応する。
ゼノはいつもの不敵な笑みを浮かべ、ヴィンセントの反応を興味深く見ている。
「…主が何を欲しているかなど、貴方にわかるはずがないでしょう。…貴方は彼女から全てを奪った。私はその欠けた部分に献身という名の愛を埋めているだけです。彼女は私の手の中でだけ微笑んでいればいい」
ヴィンセントの真っ直ぐで、それでいて狂った目は真剣そのものだ。
ゼノは獲物を狙う獣のような目でヴィンセントを嘲笑う。
「“埋めている”? 笑わせるな。王子様がやっているのはただの剥製づくりだろ。…お姫様が時折、何もない空間を見つめて絶望的な顔をするのを知らないのか? 王子様の愛ではお姫様の心の穴は塞がらない。お姫様はあの日、俺が刻みつけた“痛み”を無意識に探しているんだ」
その言葉にヴィンセントは瞳の奥に冷たい殺意を宿し、一歩踏み出す。
「…それ以上言えば、その口を縫い合わせますよ?ゼノ様」
そんなヴィンセントにゼノは楽しげに目を細める。
それから、挑発するかのように言った。
「…いつまで持つかな。その化けの皮」
ヴィンセントは凍りつくような微笑みを浮かべた。
「化けの皮だなんて…。彼女は最初から、私一人に愛されるために生まれてきたのです。そうでなければ、彼女の世界はなんなのでしょう?」
そんなヴィンセントにゼノはやれやれといったように肩をすくめた。
「…最高にイカれてる。でも、刺激的なのは嫌いじゃない。…いいよ、君の“おままごと”をもうしばらくは特等席で眺めててあげる。でも、彼女が俺を望んだその時は…遠慮なく、ここから彼女を奪い去る」
二人はお互い視線を外さず、微笑んだまま静かに冷戦を繰り広げていた。




