九話【逃げ出した吸血鬼、駆けつけた吸血鬼】
「朝日君、30秒だけ待ってあげるよ。早くおいで」
思ったとおりだ。ミランは俺の事を完全に舐めている。
それなら勝機はあるかもしれない。油断しているうちに不意討ちに成功すれば、例え実力差があろうが勝てる筈だ。
それか、勝てないにしても相討ちくらいにはもっていけるだろう。
実際にウリゴラカスとは、ほとんど相討ちの所までいったんだ。
いける...絶対にいける!
「ミラン。俺と一対一で勝負しろ」
「嫌だよ」
ミランから返ってきた言葉は、予想外の答えだった。
嫌だ? 何故だ? ミランからしたら俺と一対一で戦う事にデメリットなんか無いはずだ。
俺に対して、ミランは興味を持っていた筈。
それなら俺と戦いたいと思う事は、全くもって普通の事ではないのか?
「僕の勝ちが決まってるじゃないか。結果の見える勝負は楽しくないから嫌なのさ」
これは、チャンスだ。
上手く俺に有利な条件を提示すれば、おそらくミランなら条件を呑んでくれるだろう。
だがどうする? どの程度の条件ならミランは受け入れてくれるのかがわからない...ならばこうするしかないか。
「ならミラン、俺とお前が五分五分の勝負を出来るようにハンデをつけようぜ。俺が条件を決めるのはあまりに不平等だから、お前がハンデを決めてくれ」
「いいよ。それなら僕は両手両足を攻撃に使わないってのはどうかな? これでもまだ僕が有利な気がするけど」
両手両足を使わない? そんなハンデを貰えるなら、間違いなく勝てる。
まさかそこまでしてくれるとは思っていなかった。勿論そのハンデを受け入れるに決まってる、俺からの文句は微塵も無い。
「そのハンデで大丈夫だ。ミラン、そろそろジェノスを解放してくれ」
ミランは俺の言葉に素直に従い、ジェノスの周りに展開されていた、20枚以上の赤いガラスを全て消失させる。
「行くぞ、ミラン!」
狙いはただひとつ、噛みついて致命傷を負わせる事だ。
俺は先手必勝と言わんばかりの猛スピードで、ミランの首を狙って走っていく。
どんな攻撃をしてくるのかわからないが、そんな事を気にしても仕方ない、俺に出来るのはひたすら全力で攻撃するだけだ。
俺はあっさりとミランの肩に噛みつく事に成功した。
ミランの体から血が奪われていく。こんな簡単に決まっていいのか?
「最近吸血鬼になったって聞いたけど、躊躇なく噛みつくなんて吸血鬼であることに慣れてきたみたいだね」
俺は思いっきり噛みついているのに、この余裕...強がりか?
この段階まできたら、俺の勝ちは確定だ。このまま血を吸い付くしてやる。
「わざと噛ませてあげたのに、これじゃ拍子抜けだなぁ。僕からチャンスをプレゼントしたのに、この程度なのかな。まぁいいや、僕も攻撃するよ」
その瞬間、視界が赤く染まった。
なんだ...何も見えない、どうしたんだ? 視界が黒くなっていく...もしかして...
「......ぁ」
目を切られている...あまりの痛みに、声にならない悲鳴を漏らしてしまう。
ミランは手を使わないと言っていたんだ。おそらくあの赤いガラスを宙に浮かせ、目を切りつけられたんだろう。
目なら俺の能力で再生する事ができるが、それ以前に何も見えない状況で、ミランに勝てるわけがない。
目に直接針を刺された様な、凄まじい激痛が俺を襲ってくる。
先程まで噛みついていたミランが、どこに居るのかもわからない...どこを向いても暗闇にしか見えない。
「どうせ再生するんでしょ? そうならない為に殺すね」
「おい!」
姿は見えないけど、これは、ジェノスの声か?
「この糞バカに俺も加勢していいか?」
駄目だ! それじゃあ意味が無い。
ここでジェノスが俺の加勢をしたら、ミランについてるハンデが無効になってしまう。
それなら、わざわざハンデをつけさせた意味が無い。
俺は痛みを必死にこらえ、ジェノスに手出ししないように言う事にした。
「ビアス野郎。気持ちはわかるけど、俺を信じて手を出さないでくれ、頼む...」
俺の言葉を聞いたジェノスは、無言だった。
無言という事は、俺の頼みを聞いてくれるのだろう。
何も見えなくても勝つ方法はあるはずだ。
考えつかなかったら、ミランに殺されてしまう。
考えろ。見えなくても勝てる方法を...。




