十話【強い吸血鬼、弱い吸血鬼】
まずは、何とかして視界を取り戻す事が優先だ。
しかし、俺の再生能力は、血を吸いとる事でしか発動できない。目が見えない状態でどうやって血を吸えばいいんだ...。
音を聞きわけて判断するのはどうだろう...? 駄目だ。少し前まで普通の人間だった俺に、そんな技術など持っているわけがない。
そう考えていると、右肩にガラスで切り裂かれた様な痛みが走った。
「考える時間なんてあげないよ。早く何とかしないと殺しちゃうからね」
俺が考えてる時にも、当然ミランの攻撃は止まらない。
悠長に考えてる時間なんかない...痛みなんか気にするな、早く考えろ俺。
左肩にも、ガラスで切り裂かれた様な痛みが走る。
不幸中の幸いか、心臓や頭部には攻撃はヒットしていない。
「痛ぇっ...」
「ラッキーで避けれてると思ってるかな? 僕がわざと死なないようにしてあげてるんだよ?」
死なない程度に傷つけて楽しんでいるって事か、完全に遊ばれている。悪趣味な奴だ。
わかってはいたが、ミランには人を傷つけたり殺したりする事に何も抵抗など感じていない。
俺達がテレビゲームをしたり、読書をするのと同じ感覚で、人を傷つけたり人を殺したりしているんだろう。
その行為に悪意は無い、無邪気な子供のように、自分の好奇心を満たすために行動してるだけ。
............イカれてる。
「飽きてきたから殺す事にするよ。バイバイ朝日君♪」
死ぬ。
ミランの姿は見えないが、それでもわかる。
満面の笑顔で、赤い瞳を無邪気な子供みたいにキラキラさせているのだろう。
調子に乗っていた朝の自分をぶん殴りたい...調子に乗ったザマがこれだ。
俺はここで死ぬ運命みたいだ。
...っておかしい...いつまでたってもミランから攻撃される気配が無い。
「朝日さん、大丈夫ですか!」
ミツキ...? ミツキがミランの攻撃を防いでくれたのか?
「早く私の血を吸ってください!」
目の前からミツキの声が聞こえてくる。
ミツキは目の前に居るはず、血を吸うなら今しかない。ここは首か? いや、考えている場合じゃない! とにかく血を吸って再生させるんだ。
視界が徐々に再生していく、まだ視界は悪いが、これぐらい見えるようになれば何とかなる。
「それよりミツキ、どうして手を出したんだ」
「すみません。ですが朝日さんが私に言った事と同じ事をしただけです。自分を守る為に体を張ってる人を見殺しにするのは、自分で自分を許せなくなるって言ったじゃないですか? 私は自分を許せなくなるのが嫌なので、朝日さんを助けただけです」
ミランは相変わらず笑顔でこちらを見ている。
ミツキが俺を助けに入った事を、あまり気にしてる様子は見られない。
「手加減したとはいえ僕の攻撃を防ぐなんて中々やるね。君の事も気に入っちゃったかもしれないなぁ」
「...それは、どうもありがとうございます」
細長く先が尖った赤いガラスの棒がミランの周りに出現する、それを素手で握りしめたミランの手からは、赤い血が流れていく。
「次は、ある程度本気で殺すからね。君の実力じゃ防ぐのは不可能だと思うけど、頑張ってね」
俺とミツキは、攻撃に備えて避ける準備を整える。
しかし、俺達の警戒など、無いも同然の様に距離を詰められてしまう。
まずい、この距離だと躱す事はできない...
「まずは朝日君、さようなら♪」
ミランは俺の心臓目掛けて、棒状のガラスを突いてくる。
今度こそ、どうしようもない。せっかくミツキに助けて貰ったのに、こんな所で死ぬのか。
「おい糞バカ...下を向いてんじゃねぇよ」
俺に対して放ったミランの攻撃は、ジェノスの胸を貫いていた。
ジェノスの胸元から、大量の赤い血が流れてる。何が起きた...?
どうしてジェノスにガラスが突き刺さっている? ミランは間違いなく俺に狙いを定めていた。それは確実だ。何故俺じゃなくてジェノスに攻撃をしたんだ。
「お前みたいな糞バカは、こんな所で死ぬには勿体ねぇからな...」
もしかして、俺達の事を庇ったのか?
あの、俺の事を散々バカにしてたジェノスが!? 嘘だろ...。
ジェノスの傷は深い、喋れてるのが奇跡なくらいだ。
「もぉジェノス君。邪魔したら駄目だよ。まずは朝日君を殺すんだからね」
ミランは、ジェノスを貫いている赤いガラスの棒を引き抜こうとする。
だがジェノスは力を入れ、赤いガラスの棒を引き抜かせないようにしている。
「蝋燭は燃え尽きる前に激しく燃えさかるって言うけど、君もそうなのかな? 死が近づいているから、こんなに凄い力を出せるのかい?」
「うるせぇ...」
「糞バカ野郎...俺は、もうすぐ死ぬ。こんだけ傷が深いんだ、絶対助からない。だから、死ぬ前に一つ託していいか?」
「何だよ! 本当に死ぬみたいじゃないかよ!!」
「お前...朝に俺と会った時によ、真吸血鬼をぶっ倒すっつってたじゃねぇか...その言葉、信じさせてくれないか?」
「......」
「俺がお前を庇ったのはお前のせいじゃない。俺の判断だ、気にしなくていい。お前に重荷を背負わせる事はわかってる...けどよ、お前に賭けてみたくなったんだ。目を潰されようが、真吸血鬼に立ち向かうお前を見てたら、真吸血鬼共を根絶やしにできんのはこいつしか居ないってな...」
ジェノスが俺の事をそう思っていたなんて。
俺は、自分の事をジェノスに助けられる価値なんて無い人間だと思っている。
大事な時にいつも誰かに助けられ、まともに真吸血鬼を倒した事なんて一度もない、口先だけのバカ野郎だ。
そんな俺にジェノスは、自らの命を懸けてまで想いを託そうとしている。
...なら、答えはひとつしかない。
「わかった。ジェノス...俺がお前の想いを必ず叶える」
ジェノスは俺の事を見て、小さく笑った。
実際には気のせいで、笑ってはいないのかもしれない、だけど俺には、確かに笑ったように見えた。
「早く逃げろ...バカ野郎。 ミツキ、このバカ野郎の事を頼む」
「...はい」
俺達はジェノスの意志を無駄にするわけにはいかない。
とにかくこの場を離れて、生き残るんだ。ここで死んでは意味が無い...ジェノスに背を向け、一目散に走り出した。
振り向いてはいけないと自分に言い聞かせ、守られた自分の弱さへの怒りを押し殺して、振り向く事なく来た道を走り抜ける。
「ジェノス君、自分が死んでまで朝日君を助けるなんて、かっこいいねー」
「.........頼んだ...朝日」
ジェノスの体から力が抜け、赤いガラスの棒に、ジェノスが支えていた筈の全ての体重がかかる。
呼吸は聞こえない、脈もない、心臓も止まっている。
「敵ながら...凄いよ、ジェノス君」
俺達はあのまま走り続け、ギルドまで戻ってきた。
真吸血鬼に出会って、初めて自分の足でギルドまで歩いて帰ってきた。
俺がジェノスを助けに戻らなければ、ジェノスは死ぬ事がなかったのかもしれない。
全ては俺の責任だ。俺の軽率な判断が、ジェノスを死なせてしまったんだ。
帰り道、ミツキとは一度も会話をしていない。
今はとにかく帰りたい...早く、自分の部屋に帰りたい。
「ごめん、ミツキ。一人になりたいし、帰るよ」
俺は、ミツキにそれだけを伝えると、自分の家の方へ歩きだした。
「あの、朝日さん...また明日」
ミツキは何かを言いたそうにしていたが、口には出さずに心の中にしまいこんでくれた。いつもミツキに気を使わせてばかりだ。
「うん、また明日」
自分の弱さに吐き気がする...。
守られる事しか出来ない自分にイライラする...。
家に帰るまでの道、俺は拳を強く握りしめた。
爪が食い込む程強く、ひたすら強く拳を握る。
そう...弱い自分を隠すように強く...。




